今年も3月19日(木)から23日(月)まで、スキークラブの北海道・旭川スキー合宿に参加した。
前後2日間は福岡から旭川まで飛行機とJRを使っての移動である。参加者は男女9名、それぞれの都合に合わせ日程は自由で、旭川のホテル集合である。
筆者は福岡空港から新千歳空港まで日本航空を利用した。幸い福岡の搭乗待合室で会員のMさん(以後M)を見かけ声をかけた。新千歳空港から札幌駅までJRの快速エアポートで約35分、札幌駅から旭川駅まで函館本線の特急カムイに乗り継いで1時間30分、指定席は異なるが2時間余の列車旅である。
Mはスキーの準指導員であり、スキーシーズンは全国のスキー場に出かけてスキーを堪能している。筆者より一回り半若い。彼とはホテルも4日間同室で何かと気を遣ってくれ、ありがたい存在だった。
スキー初日、旭川駅前からカムイスキーリンクスへのスキーバスを利用、3月の連休初日であり、バスが満員になるのを避け、朝一番のバスを利用した。スキー場まで約1時間である。
バスの窓から神居古潭小中学校が見えてきた。3月半ば過ぎとはいえ、グラウンドは雪に覆われていた。アイヌの人たちが暮らしていた地である。
ここから10分でカムイスキーリンクスに着いた。九州のスキー場と比べ天然雪の広大なスキー場で2年ぶり三度目の訪問である。昨年は腰の怪我で断念し、スキーと登山のためリハビリに専念した。
参加者のなかで7人は男性の(元)デモンストレーターの講習を受けた。筆者とSは講習を受けずに2人で滑ることにしていた。
Sは脊振の自然を愛する会の会員でもあり、今シーズンも九重森林公園スキー場に誘ってくれ4回同行した。高齢でもあり講習を受けない筆者を、1人でゲレンデに残すのは危険だと思ったSの気遣いである。年齢は筆者より3歳若い。
カムイスキーリンクスは九州や広島のスキー場と比べ混雑もせず、広大なゲレンデを思いきり滑ることができるのが魅力で、北海道のなかでもインバウンドが少ないスキー場である。
2.3㎞もある長いゴンドラを降りると、そこは山頂で、すぐそばに山頂レストランがある。なかに入ると暖かいペチカが迎えてくれる。広い窓から眼下に石狩平野が広がっている。スキーヤーは山頂から左右に広がるゲレンデから石狩平野を眼下に見て滑り降りるのである。2人で思い切り天然雪の広大なゲレンデの長い距離を午前、午後と滑って回った。気がついたら全コースを滑っていた。
2日目は講習もなく全員で滑った。朝から大雪となり、とてもスキーを堪能できるゲレンデではなかった。新雪で足首まで埋まるのである。
深い新雪に慣れない筆者はいきなり転倒してしまった。ベテラン指導者のKが新雪での滑り方を教えてくれた。ほぼ片足で直滑降に近い滑り方であった。筆者はなるほどと納得した。
深い新雪に悪戦苦闘した筆者は3回ほど滑ってレストランに引き揚げた。仲間も三々五々引き揚げてきた。昼を過ぎると雪は横殴りに降ってきた。この日だけが悪天候であった。
全員、予定よりは早くバスでホテルへ引き揚げた。途中、大雪で事故を起こした自家用車をバスの窓から目にした。
3日目は都合があって帰路についた者もおり、若い女性プロの講習を7人全員が受講した。天候は前日と打って変わり晴天となっていた。
(元)デモンストレーターである彼女の滑りは滑らかで優雅であった。デモンストレーター(通称:デモ)は、全日本スキー連盟(SAJ)が認定する最高峰の滑走技術と指導力を兼ね備えた講師でスキーヤーの見本となる人である。
講習では講師が前列に立ち、受講者は一列に並び、指導者の教えと滑りを見て、それぞれ1人ずつ滑る。講師はその滑りを見てアドバイスする。
スキーシーズンも終盤なので、来年度に向けての基礎スキーを指導してくれた。昨年、お母さんになったばかりの彼女の滑りは、優雅で滑らかで雪のなかの妖精のようであった。スキーの楽しみを教えてくれる素敵な女性だった。「今日の滑りの中で一番いい」と高齢の筆者を褒めてくれることもあった。参加者のなかで最高齢者の筆者は、何とか離脱することもなく皆に付いて行けた。
5日間の合宿を終え、各人がそれぞれの交通機関を利用して帰路についた。4日間、同室だったMがホテルの玄関まで見送ってくれた。旭川から新千歳空港までリムジンバスを利用した。会員の女性Kと同じバスだった。バスは途中乗車も入れて満席となった。
今シーズンは大分県の九重森林公園スキー場に4日間、三重県四日市市に在住の娘家族(娘婿、今年卒業する大学院生、高専1年生)と岐阜県の高鷲スノーパークへ日帰りスキーバスで行き、半日滑った。
一昨年の秋に山で怪我をした腰への負担もなく、今年はスキーを堪能できた。スキーは自然のなか、全身に風を受けて楽しめる生涯スポーツである。筆者は現在82歳、90歳までスキーを楽しもうと思っている。目指すは(故)三浦敬三さんである(三浦雄一郎氏の父、100歳までスキーを楽しまれていた)。
筆者が北海道でスキーを楽しんでいるとき、大学の部活(ワンダーフォーゲル部)の仲間が真夏のタイでゴルフをしていた。仲間のLINEで北国と南国の情報が飛び交っていた。グループLINEでは2人の対照的な旅を興味深く味わっていた。
脊振の自然を愛する会
代表 池田友行








