中洲中島町はゴールラッシュならぬホテルラッシュへ

 当社ではこれまで、博多区中洲中島町にある老舗料亭「老松」の不動産をめぐる動きを再三報じてきた。伊藤忠都市開発らが同不動産を取得し、ホテル開発を進める計画が発表されている。これをひとつの歴史の節目と捉えて、ここであらためて、中洲中島町の歴史的変遷を振り返ってみたい。

老舗料亭「老松」
老舗料亭「老松」

 中洲中島町には、1935(昭和10)年ごろまで芝居小屋が集まっていたという。一方、中洲5丁目には飲食店がひしめいていた。これは、老舗料亭「大阪屋」で聞いた話である。中洲中島町の芝居小屋で芝居を楽しむことは、当時の博多の庶民にとって大きな娯楽の1つであったらしい。その帰りに、中洲5丁目の飲食店に立ち寄り、食事を楽しむ人も多かったという。大阪屋も、そうした客によって繁盛させてもらったという。

 また、10年ほど前まで、この一帯に芸者の置屋があったことを知る方々も少ない。そこから判断してみても遊郭の1つはあったのではないかと考えている。

近代化、現代化の波

 戦後以降の中洲中島町を見てみよう。川沿いの西側には、広範囲にわたって全農関連の不動産が広がっていた。食に関わる物流管理の役割を担っていた土地であり、その機能は1975年ごろまで続いていたとみられる。

 その後、この土地は広島の不動産業者に取得され、大型賃貸マンションが建設された。ここでようやく、「中洲中島町は居住地としても便利な場所である」と認識されるようになった。それも当然である。交通利便性の高さでは、これほど恵まれた場所はなかなかない。この大型賃貸マンションの登場は、中洲中島町の近代化を象徴する出来事だったと評価できる。

 一方、昭和通りに面した要所には、現代的なオフィスビルが林立するようになった。そして今回、料亭「老松」跡地で進められるとされる計画はホテル開発である。この案件を含めると、中洲中島町周辺のホテルは6軒目となる。しかも、今回のホテルは高級志向のようだ。

 朝、昼、夕方を問わず、周辺ではインバウンド客の往来が途切れない。中洲中島町にあるレンタカー店も、海外からの客の利用によって利益を得ている。まさしく都市・福岡の発展にともなって、中洲中島町も「現代化」の歩みを進めてきたのである。

一番得をしたのは福高不動産か

 すでに「老松」の関連不動産は画像のように解体工事の準備に入っている。今回の不動産売却で、誰が一番、漁夫の利を得たのだろうか。

解体の準備が始まった老松の関連不動産
解体の準備が始まった老松の関連不動産

    もちろん、まず挙げられるのは「老松一族」だが、それは所有不動産を売ったから現金を握っただけであり、つまり、資産が不動産から現金にチェンジしたに過ぎない。

 むしろ何もせず隣地ゆえに漁夫の利を得たのは福高不動産(関連会社で芥屋ゴルフ場を経営している)であろう。一説によると、今回の取引価格は坪1,500万円ともいわれる。隣地の福高不動産にとっても不動産価格の高騰を反映した価格がついたといえる。

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