【特別寄稿】半導体産業と地域再生──「効率」だけでは勝てない時代の産業クラスター戦略
早稲田大学 教授 長内厚 氏
TSMCの熊本進出やRapidusへの国の支援を背景に、日本では半導体産業への期待が高まっている。しかし、問われているのは工場誘致の成否だけではない。半導体産業は、設計、製造、材料、装置、ソフトウェア、人材育成が結びつく分業型産業へと進化している。日本が競争力を取り戻すには、台湾型の効率的な分業に学びつつ、日本企業がもつ試行錯誤的な開発力を生かす必要がある。その舞台となるのが、企業や大学、人材が開放的につながる地域エコシステムである。(本記事は令和8年熊本地震発生前に執筆されました。)
工場誘致の先へ
日本では近年、半導体産業への期待が急速に高まっている。TSMCの熊本進出やRapidusへの国の支援などを契機として、半導体を「国家戦略」と位置づける議論も増えている。経済安全保障の観点からも、半導体は単なる一産業ではなく、国家の競争力そのものを左右する基盤技術として捉えられるようになった。しかし、日本が本当に考えなければならないのは、単に半導体工場を誘致することではない。重要なのは、半導体を軸にしながら、地域にどのような産業エコシステムを形成するかである。
半導体産業は、かつてのように1社単独で完結する産業ではない。ファブレス&ファウンドリーに加え、製造装置、材料、ソフトウェア、データセンターなど、多数の企業や研究機関が国境を越えて結びつく巨大な分業型産業になっている。AI向け半導体の需要拡大によって、設計やソフトウェアの重要性も増しており、単純な製造能力だけでは競争優位を築けない時代になった。だからこそ、これからの競争では「どれだけ効率的につくれるか」だけではなく、「どれだけ多様な主体が集まり、試行錯誤を続けられるか」が重要になる。Rapidusの勝機もまさにそこにあるだろう。つまり、数の勝負では難しくとも、新しいものを非連続に生み出し、いかに市場へ提供していくかが問われている。
分業時代の競争
ここで改めて日本企業が持つ強みを考える必要がある。重要なのは、一般に日本企業の強みは効率性だといわれるが、それは間違いであるということである。日本企業は長年、単に生産性を追い求める「効率的なものづくり」よりも、いかに新しい技術で新しいものを生み出すかという「効果的なものづくり」を得意としてきた。ここでいう効率とは、既存事業を効率よく回す力であり、効果とは新しい価値や新市場を生む力のことである。もちろん日本企業にも効率的な面がないわけではない。品質を高め、不良率を下げ、工程を最適化し、現場改善を積み重ねる能力では、いまなお世界トップクラスである。
半導体製造装置や素材で日本企業が強い競争力を維持している背景にも、こうした現場の改善力がある。実際、フォトレジストやシリコンウェハー、検査装置など、日本企業が高いシェアをもつ分野は少なくない。しかし、半導体や液晶パネル、太陽光パネル、リチウムイオン電池など、効率的な大量生産が競争の中心となる段階では、台湾や韓国、中国などの外国勢に後塵を拝しているのが現状だ。
そうした流れを見ると、日本は必ずしも効率的なものづくりを得意としているのではなく、垂直統合的な囲い込みのものづくりのなかで、技術と技術がもたらす機能や性能の自前の力だけで一点突破してきたようにも思える。
一方で、現代の半導体産業は、それだけでは勝てない産業になっている。技術変化が極めて速く、しかも1社だけでは必要な技術をすべて抱え込めないほど複雑化しているからだ。スマートフォンやクラウド、AI、自動運転など、新しい用途が次々と生まれ、それに応じて必要な半導体も変化していく。このような環境では、自前主義だけでは変化に追いつけない。ここで重要になるのがオープンイノベーションである。
日本企業は従来、自前主義を前提とした垂直統合型の経営を得意としてきた。テレビや自動車、家電などでは、社内で多くの工程を抱え込みながら高品質を実現してきた。しかし、デジタル化と半導体化が進んだ現在では、こうした垂直統合では対応できなくなっている。むしろ、自社の強みをもちながら、外部企業と柔軟に連携する能力のほうが重要になっている。
その意味で、日本は台湾から学ぶ点が多い。台湾企業、とりわけTSMCは、極めて効率的な分業体制を構築してきた。TSMCは自らブランド製品をもたず、顧客企業の半導体製造に特化することで、世界中の企業を顧客にしてきた。しかも台湾の半導体産業は、設計企業、製造企業、大学、研究機関、人材育成機関などが密接につながることで、強力な産業集積を形成している。
台湾の強さは、単に製造技術だけにあるのではない。重要なのは、分業を前提とした産業構造を徹底的に磨き上げてきた点である。設計に強い企業、製造に強い企業、パッケージングに強い企業が、それぞれ役割を分担しながら全体として世界最高水準の競争力を生み出している。しかも、そのネットワークが極めてオープンである。企業間の情報交換、人材移動、大学との連携が活発であり、閉鎖的な囲い込みよりも、産業全体としての競争力向上を優先している。
日本では台湾型の効率性を「合理主義」として消極的に見ることがある。しかし、本来学ぶべきなのは、効率そのものではなく、分業を前提にしながらも全体としてイノベーションを加速させる仕組みである。台湾企業は、自社だけですべてを囲い込まない。その代わり、ネットワーク全体として競争力を高める発想をもっている。
日本型の強み
ただし、日本が台湾を単純に真似すればよいわけではない。日本には日本独自の強みがある。それが、試行錯誤的な開発能力である。日本企業の現場では、設計部門、生産部門、調達部門などが細かな調整を重ねながら製品を作り込む文化が存在してきた。藤本隆宏氏が「試行錯誤的調整」と呼んだように、日本企業は不確実な状況のなかで、現場が柔軟に問題を解決しながら製品を完成させる力をもっている。これは、単なる効率化とは異なる能力である。
たとえば、自動車産業における日本企業は、設計変更や工程調整を現場レベルで柔軟に行いながら品質を高めてきた。半導体産業でも、最先端技術になればなるほど、机上の理論だけでは解決できない問題が増える。材料、装置、温度管理、微細加工など、多数の要素を現場で擦り合わせながら最適解を探る必要がある。こうした領域では、日本企業の「現場で考えながら改善する力」が大きな意味をもつ。
半導体産業は量産段階では徹底した効率が求められる。しかし、新しい技術や新しい用途を生み出す段階では、多くの失敗や遠回りが必要になる。つまり、イノベーションには「無駄」が必要なのである。
近年、日本企業では「選択と集中」が繰り返し叫ばれてきた。しかし、過度な効率化は、新しい挑戦の余地を奪ってしまう。ウィリアム・アバナシーが「生産性のジレンマ」で指摘したように、生産性を高めるほど、企業は既存事業への最適化を進め、新しい製品や技術への挑戦が難しくなる。実際、日本の電機産業は、選択と集中を進めコストも改善したはずであったが、デジタル化による競争ルールの変化への対応では苦戦した。
これは、日本企業の能力が低かったからではない。むしろ、選択と集中によって新しい挑戦をしなくなり、既存事業を効率よく回す能力を高めすぎたために、新しい競争ルールへの転換が難しかったのである。たとえば、テレビ事業では、日本企業は画質や耐久性といったハードウェア性能を徹底的に磨き込むことに集中しながら、他方で開発部門のリストラを進め、ソフトウェアなど新しい分野への投資が不十分であった。
デジタル時代には、ネット接続やソフトウェア、サービスとの連携が重要になり、競争軸そのものが変化した。その変化への対応では、ソフトウェアにしっかりと投資を行った韓国、中国企業が優位に立った。
だからこそ、これからの半導体産業政策では、「効率」と「試行錯誤」の両立が重要になる。台湾型の効率的な産業分業を活用しながら、日本型の現場力や試行錯誤的開発を組み合わせる必要がある。
地域が担う役割
その際に重要になるのが、地域の役割である。半導体産業は、単なる工場誘致では成功しない。工場だけを地方にもってきても、地域に人材や企業が定着しなければ、持続的な競争力にはつながらない。重要なのは、企業、大学、研究機関、行政、金融機関、スタートアップなどが相互につながり、新しい挑戦が生まれるエコシステムを地域に形成することである。
この点で参考になるのが、アナリー・サクセニアンの産業クラスター研究である。サクセニアンは『Regional Advantage』で、シリコンバレーとボストン近郊のルート128を比較した。ルート128は大企業中心の閉鎖的な垂直統合型モデルを採用していたのに対し、シリコンバレーは企業間の人材移動や情報共有が活発な開放的ネットワークを形成していた。そして、環境変化への適応力では、シリコンバレーが圧倒的に強かった。重要なのは、シリコンバレーの強さが単なる技術力ではなかった点である。人々が集まりたくなる地域文化、多様な価値観を許容する風土、大学やベンチャーキャピタルとの密接な連携など、地域そのものの魅力が、イノベーションを支えていた。
つまり、産業クラスターとは、工場の集積ではない。人が集まり、交流し、挑戦し続けられる地域社会そのものなのである。これは日本の地方創生にも重要な示唆を与える。日本ではしばしば、「企業誘致」が地域政策の中心になる。しかし、本当に必要なのは、「住みたい地域」をつくることである。優秀な技術者や研究者、起業家が、その地域で暮らしたいと思える環境がなければ、持続的な産業クラスターは形成されない。
たとえば、教育環境、文化施設、自然環境、交通の利便性、子育て支援などは、一見すると半導体産業とは無関係に見える。しかし、実際には、こうした生活環境こそが人材を引き寄せる。高度人材ほど、単に給与だけで移動するわけではない。どのような地域で暮らしたいか、家族とどのような生活を送りたいかという要素が極めて重要になる。
総合的な地域戦略を
熊本にTSMCが進出したことで、地域経済振興への期待は高まっている。しかし、本当に重要なのは、その周囲にどのような企業群や人材ネットワークが形成されるかである。大学との連携はどうなるのか。地域企業がどのようにサプライチェーンに参加するのか。若い技術者がその地域に残りたいと思える生活環境があるのか。こうした点こそが、今後の成否を左右する。
また、地方企業側にも変化が求められる。単に「半導体関連だから」という理由で参入するだけでは、生き残ることはできない。重要なのは、自社独自の強みをどこに見いだすかである。素材加工、精密部品、洗浄技術、メンテナンス、人材教育など、半導体産業には多様な周辺需要が存在する。地域企業が自らの技術を見直し、新たな用途へ展開していくことが必要になる。
さらに、半導体産業は長期的視点が不可欠な産業でもある。巨大投資が必要であり、景気変動も大きい。そのため、一時的なブームに乗るだけではなく、長期的に人材と技術を蓄積していく覚悟が必要になる。行政も短期的な誘致競争だけではなく、大学教育や研究開発支援、起業支援などを含めた総合的な地域戦略を考える必要がある。
半導体産業は、巨大投資だけで成立する産業ではない。むしろ、多様な企業や人材が開放的につながり、失敗を許容しながら試行錯誤を続ける環境のなかでこそ、新しい価値が生まれる。いま日本に必要なのは、「効率」だけを追い求める産業政策ではない。効率性を支える台湾型分業の強みを生かしながら、日本が持つ試行錯誤的開発能力を融合し、それを地域全体のオープンなエコシステムのなかで機能させることである。
その基盤となるのは、単なる工業団地ではなく、「そこに住みたい」と思える地域社会である。文化、教育、自然、生活環境、多様性―そうした地域の魅力こそが、長期的には産業競争力を支える。地方の魅力とオープンイノベーションが結びついたとき、日本の半導体産業は単なる工場回帰ではなく、新しい地域産業モデルへと進化していく。その挑戦こそが、これからの日本経済に必要な「耐性と創造性」を生み出すのである。
<PROFILE>
長内厚(おさない・あつし)
1972年、東京都生まれ。97年、京都大学経済学部卒業、ソニー(株)入社。同社にて10年間、商品企画、技術企画などに従事。京都大学大学院に業務留学。博士号取得後、神戸大学准教授、ソニー外部アドバイザーなどを経て2011年より早稲田大学准教授。16年より同教授。ハーバード大学客員研究員や国内外の企業の顧問、総務省情報通信審議会専門委員、大阪府豊中市経営戦略委員なども務める。専門は技術経営、競争戦略。近著に台湾でも翻訳出版された『半導体逆転戦略 日本復活に必要な経営を問う』(日本経済新聞出版)などがある。









