福岡大学名誉教授 大嶋仁
長尾良一氏(長尾治療院院長、唐津市)を知っている人はそう多くはあるまい。NetIB-NEWSで何度か紹介されてはいるが、「知る人ぞ知る」といった知名度だ。
しかし、氏の見識はたしかで、その基礎は中医学にある。中医学とは古代中国の医学理論に基づいた医療であり、それを日本化した「漢方」とは一味も二味も異なる。
氏と最近会ったのを機に、さまざまなテーマで話してもらった。以下は、そのいくつかを選んでまとめたものである。
1 日本の医療
長尾氏曰く、「日本は国全体が病にかかっている」。世界全体もそうかもしれないが、日本の場合は顕著なのだそうだ。
「日本の医療制度は世界に誇るべきものではないのですか?」と尋ねると、きっぱりこう答えた。「そもそも、今の日本には医療がありません。患者を診ないんです。医師はCTやMRIによる画像とか、数値化された検査結果のみ見る。これは医療ではありません。これが制度化されてしまったからには、抜本的な改革など望めないでしょう」。
では、どうすればよいのか?
氏曰く、「本来なら、漢方と呼ばれる東洋医学がその穴埋めをしなくてはならない。ところが、日本の漢方はまったく無力なんです」。
そこで私は問うた。「現代の医療制度が漢方を無力にしているのではないですか?」
すると、長尾氏、厳しい表情でこう答えた。「むろん、国にも責任はある。しかし、ほかならぬ鍼灸師たちが駄目なんです。彼らには医療業務に携わっているという自覚が、これっぽっちもない」。
なるほど、日本のあちこちにいる鍼灸師たちは、開業資格をとることにのみ執心し、「健康とは何か」とか、「自分たちが西洋医学の医者とはどこが違うのか」とか、そうしたことを考えない。まして、漢方のもとになっている哲学の勉強など、まったくしないのである。氏の言っていることは、核心をついているように思われた。
氏は付け加えた。「むしろ、西洋医学のほうが漢方の重要性に気づき始めています。だから、私は西洋医学の医者に会えば、持論をぶつけてきた。そういう訳で、アメリカの病院から招待を受けたこともあります。日本の鍼灸師たちは、私の話にはついていけません」。
氏は日本の自称「漢方医」を総括して、以下のように言った。
「あの人たちは、自分たちのところへ来る人たちに一時の安楽を味わってもらえれば、それで十分だと思っています。病を治してあげよう、健康な身体にしてあげよう、そうした気持ちはまったくない。長年、中医学に携わってきた私は、日本人の病がますます深刻になってきているのに憂いを抱いています。現代の医療が健康ということの意味を考えず、技術革新にのみ走り、それで進歩していると思っているのを見るのは、正直、辛いことです」
氏は昔を振り返って、苦い思い出を語った。
「だいぶ前のことです。私のところに、ある人が相談にきたことがある。その人は長年の不調をかかえ、どうしたらよいかわからずにいた。私はその人に、まず大学病院で詳しく調べてもらうことを勧めました。それでその人は大学病院へ行ったのですが、戻ってきてこう言ったのです。先生、どこも異常はないと言われました。私自身は、ずっと体調不良なのに」
氏はそこで自分が診てあげようと申し出た。しかし、その人は「家が遠いから」という理由で来なかった。
それから数カ月して、同じ人が急にまた現れた。顔色は前より悪い。「どうしたのか」と氏が聞くと、「大学病院にまた行ったら、今度は手遅れだ、手の施しようがないと言われました」と言うのだ。数カ月前とはあまりにも矛盾するこの病院の診断。氏は茫然として、何も言えなかったという。
氏はその時考えた。「どうして、自分はその人に大学病院を勧めてしまったのか」と悔やまれたのである。氏にすれば、西洋医学にはそれなりの長所があるから、そこで総合的な診断を受けておいたほうが良いと判断したのだろうが、それが裏目に出たのだ。
氏はその時痛感した。西洋医学による精密検査であっても、そこに数値として現れ出ないものがあるのだと。中医学では見つけられても、最新の医療技術によっても見つけられないものがあるのだと。現代の日本における医療は非常に進んでいるように見えて、そこに落とし穴があるのだと。
氏にとって、自分が診るべきだった患者を大学病院に行かせたことは、生涯の汚点として残ったようだ。以来、中医学でできることは何でもやろうと意を決し、西洋医学に何が欠けているのかを見極める努力をして、医者から見放された人たちの治療に専念することになった。
「私は西洋医学を否定するつもりなど、まったくありません。ですが、そこには重要な1点が欠けています。全体を見るという視点が欠けているのです。これは中医学では考えられないことです。日本の漢方は技術に走りすぎて、根本の思想を疎かにしています。中医学も同じく古代中国の医学を受け継いでいるのですが、その根本思想を現代化しようと試みており、私にすれば、こちらのほうが健康と病気を考えるうえで有意義なのです」
なるほど、古代中国の医学は「全体を見る」というホーリズムの精華である。身体は自然環境という全体の一部であり、その身体はこれまた1つの全体であって、単なる部分の集合ではないのである。部分と部分が互いに関連し合い、1つの全体として機能する。これが生命のはたらきであり、そのはたらきが身体だ、という考え方なのだ。
この考え方なくして医療はあり得ない。これが中医学の立場である。日本の漢方医も、これを見習わねばならないだろう。だが、どうやら彼らは、「中医学」そのものを知らない。
(つづく)









