2022年06月27日( 月 )
by データ・マックス

日本を取り巻く環境の激変とインドの重要性(中)

国際政治経済学者・参議院議員 浜田 和幸 氏

 「アジアの時代」と言いながら、オバマ政権は指導力を発揮できないまま終焉を迎えつつある。鳴り物入りで大筋合意したとされるTPPも、前途は不透明感が漂う。大統領候補も民主、共和の別なく、内向き志向かウォールストリートの言いなり。アジア地域の潜在的可能性に関心を寄せ、新たな共存共栄のビジョンを打ち出す候補者はいない。TPP推進を掲げるような候補者は1人もいない。それがアメリカの現実である。

jieitai その意味では、日本はアメリカ以上にフィリピン、ベトナムからの要請に応じるかたちで、これまでになかった軍事面というレベルで支援する方針を明確に打ち出したと言っても過言ではない。日本外交にとっては、新たな時代の幕開きとも言えるもの。アメリカの存在を直ちに取って代わるわけではないが、アメリカの限界を見極めたうえで、アメリカの力を生かしつつも、独自の対アジア戦略を構築する第一歩を踏み出したのである。

 とはいえ、注意すべきリスクも生まれつつある。というのも、日本の動きは結果的に、警戒感を強める中国とロシアの接近を加速させているからだ。具体的には、ロシアは中国に海上発射の巡航ミサイルを提供することになった。急速な軍の近代化を進める中国ではあるが、海軍力においてはアメリカや日本にはまだまだおよばない。そこで、ロシアとの急接近となったわけだ。
 要は、日本の動きをテコに、ロシアから最先端の武器を調達しようということである。これこそ中国式交渉力と言えよう。ロシア外交筋によれば、「中国はロシアの支援で太平洋にて、今後はより積極的な軍事展開が可能となる」。現在、中国に近代的な軍事技術を提供できる立場にあり、実際、そうした動きを加速させているのはロシアだけである。

 こうしたロシアからの援助や協力がなければ、中国はアメリカやその同盟国との軍事的な対立には勝てる見込みはない。本音の部分では、ロシアと中国はともに世界的な覇権を目指している国同士。時にライバル視するも、時に同盟国にもなる関係と言えよう。アメリカ一辺倒できた日本とは大違いだ。
 実際、2015年8月にウラジオストックを舞台に実施された中ロ合同演習は、過去最大の規模となった。しかも、中ロ友好協力条約によれば、「どちらかに脅威が及んだ場合、他方が支援する」という相互援助が条文化されているのである。仮に米中が軍事的に対立した場合、ロシアは中国を支援するというわけだ。その逆もある。片務的な日米安保とは異なり、まさに軍事同盟としての役割が明文化されている。中国とロシアがそのような関係を構築、進化させていることを知っておく必要があろう。

 では、そうした動きを加速させる中国の意図を、どう分析すべきであろうか。また、南シナ海における軍事基地化の本当の狙いは何なのか。中国は新たに建設した飛行場にジェット戦闘機を送り込んでいるようだが、その目的は?しかも、配備されつつある戦闘機はロシア製のSU-35と目され、世界最高の性能を誇るもの。アメリカも一目置く存在だ。軍用機に限らず、民間機の定期飛行も始まった。
 アメリカを誘い出したうえで、ロシアとも結託し、超大国アメリカを潰す戦略に舵を切ったとでも言うのであろうか。言うまでもなく、財政赤字に苦しむアメリカはアジア太平洋地域において、その海軍力が「ハウス・オブ・カーズ」と揶揄されるごとく脆い存在になりつつある。そうしたアメリカや日本にとっての「不都合な真実」を見越したうえでの中国的深慮遠謀のなせるワザなのか。

 もちろん、別の見方もあるだろう。しかし、いずれにせよ中国は、単なる資源獲得に止まらず、アメリカを抜く超大国への道を目指していることは間違いなさそうだ。言い換えれば、世界の覇権国家を目指していると言えよう。この点を見誤ると、アジアの安全保障環境は崩壊する。繰り返すが、中国は岩礁の基地化を通じての広範な領有権を追求しているだけではないからだ。その点での、中国の真意を読み解く必要がある。

(つづく)


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<プロフィール>
hamada_prf浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
参議院議員。国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。

 
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