2024年04月26日( 金 )

三菱重工長崎造船所は三度立ち上がれるか~客船の失敗が街の未来揺るがす

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

 三菱重工業(株)にとって長崎造船所はまさに発祥の地であり、長崎はその"城下町"として発展してきた。原爆投下でも造船所の施設は破壊を免れ、戦後長崎の復興を大きく支えてきたのである。しかし近年、造船不況により経営は不振を極め、同社は長く離れていた客船事業に突破口を見出そうとした。それもダイヤモンド・プリンセス火災事故で大きく躓き、累計2,375億円もの巨額の特別損失を出したアイーダ・プリマでとどめを刺されたと言ってもいいだろう。観光業に大きく依存しているとはいえ、長崎にとって三菱は今後も最大の基幹産業であり続けることは間違いない。客船の失敗は1つの地方都市の未来をも揺るがしている。

zousen 原爆を生き延びた長崎造船所は昭和30年代に単一造船所として進水量世界一となり、1962年からの第二次輸出船ブームではタンカーを中心に10万トン以上から40万トン以上へと急速に拡大した。石油危機以降は小型で多様な船舶に軸を移し、操業量は大幅に低下。その後も続く造船不況を乗り切るため、造船所内部門を次々と子会社化し経営改善を図り続けている。こうしたなか、長船が戦後初めて手掛けた豪華客船が90年に竣工したクリスタル・ハーモニーだった。豪華客船は収益性だけでなく、技術力の高さを広くPRできる。造船業の復権の旗頭にするにはこれ以上の事業はない。その頂点ともいえたのがダイヤモンド・プリンセスとサファイア・プリンセスという2隻の巨大豪華客船だった。しかしダイヤモンド・プリンセスは竣工直前の2002年11月に火災事故を起こしてしまう。そこで長船は同型船だったサファイア・プリンセスと船名を入れ替えるという苦肉の策に出ることによってスケジュールに間に合わせたのだった。

 ダイヤモンド・プリンセスの火災事故は長崎市民をはじめ、多くの人に衝撃を与えた。著書「戦艦武蔵」の取材を通して長船と交流のあった作家の吉村昭氏は地元紙に長船を応援する文章を寄稿し、読者の感動を呼んだ。こういった励ましの声の中で、火災事故の本質は見過ごされてしまったのではないか。この時の原因は作業中の失火だったとされているが、背景にはスケジュールの遅延による焦りがあったという。それと同じ問題はアイーダ・プリマでも起こった。しかしそれがより深刻さを増したのは、アイーダ・プリマでは長船が経験したことのない初期設計まで手掛けたことに起因する。関係者によると、発注先の独アイーダ・クルーズ社からの変更要請はかなり頻繁に行われていた。三菱がいう「工事終盤に至って生じた設計変更」とはレストラン区画のことであり、ここで仕様変更しようとすれば全部の壁を剥がして配線を一からやり直さなければならない。これだけでも時間がかかるうえ、さらにアイーダ社からの意向で多くの外国人作業員も工事に参加しており、意思の疎通を図るのが難しかったとの声も聞かれる。スケジュールの遅れのしわ寄せは現場や下請けの不満を煽り、今年になって相次いだ火災事故の現場はまさにレストラン区画だった。作業員によると火の気のない場所が燃えており、現場の出入りは厳重に管理されているため無関係の人間が立ち入ることはまずあり得ない。つまり内部の作業員による放火が疑われているが、今もなお犯人は逮捕されていない。

 これほどの巨額損失を出した以上、すでにこちらも引き渡しが遅れているアイーダ・プリマ2番船の後は客船事業から手を引かざるをえないだろう。04年のサファイア・プリンセス(旧ダイヤモンド・プリンセス)納入から14年のアイーダ・プリマ起工までは実に10年の月日がかかっているが、もう一度長船が客船事業に乗り出すかは不透明だ。今後は従来通り、液化天然ガス(LNG)船、液化石油ガス(LPG)船、護衛艦の建造で糊口をしのぐことになる。安定した収益は望めるが、発展性はない。技術力の後退にも繋がるだろう。世界遺産に認定されたカンチレバークレーンですら重荷になってくるかもしれない。しかし、長船とその下請けで多くの長崎市民が働いていることは厳然たる事実であって、造船業の斜陽は多くの人を路頭に迷わせるだけでなく、地元経済にも計り知れないほどのダメージを与える。長崎港には2010年に松ケ枝国際ターミナルが完成し、15年には151隻のクルーズ客船が寄港。長崎港の岸壁に巨大な客船が着岸する光景は長崎市民にとってなじみ深いものとなっている。それにも関わらず、対岸の長船の巨大な施設で客船を作ることができない。これは何とも皮肉なことだ。折しもグループ企業の三菱自動車工業(株)は燃費不正問題で存亡の危機に立たされている。三菱重工が支援に乗り出すと見られているが、同社は相談役相川賢太郎氏がメディアに発言した内容の打消しに奔走しており、事態は混迷しているようだ。

 三菱重工はこのまま自動車とともに沈んで行ってしまうのか。1つの企業の存亡だけでなく、そこには1つの地方都市の未来もかかっている。

【平古場 豪】

 

関連キーワード

関連記事