2024年04月27日( 土 )

2分割的発想は思考の退化、人間の幼児化!(4)

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青山学院大学 特別招聘教授 榊原 英資 氏

 日本社会の屋台骨が今さまざまな局面で、次第にしかも加速度的に崩れている。指導層の質が低下し、明らかに視野が狭くなり小粒になった。それは政治家も企業経営者も、ものごとを多面的に見ることができなくなり、幼児化したことを意味する。話題の書『幼児化する日本社会』(2007年7月、東洋経済新報社)に続き、近刊『幼児化する日本は内側から壊れる』(16年4月、同社)を著された元財務官・青山学院大学特別招聘教授の榊原英資氏に聞いた。

(取材日:7月12日)

メディアの質が低下し、日本人の幼児化を促進

 ――ところで、大人の考え方はどのように養成したらよろしいのでしょうか。

 榊原 それは、とても難しい問題です。日本ではこのようことを言うと「民主的でない」という人も多いと思いますが、あえて申し上げるならば、「民主主義にあっても、エリートや専門家の意見を大切にする」というところが出発点だと思っています。イギリス、ドイツ、フランスなどヨーロッパの先進国では、このことは今でも国民の意識のなかに残っています。アメリカはもともとこのような考え方を嫌い、最近の日本はそのアメリカと似たような傾向になってきています。

 一例ですが、私は裁判員制度に大反対でした。法の世界の話で、最終的に法律で裁くのに、法律のわからない素人を裁判員にしてはいけないと考えています。それは、素人のそのときの感情に任せた、自分の勝手な尺度、偏った知識では、誤った判断をしてしまう可能性が高いからです。裁判は、法律の専門家の判断に従うべきものと思います。

net 日本社会の幼児化を止めるためには、メディアの役割も重要です。しかし、残念ながらそのメディアの質が著しく低下しています。私は2007年に出版した『幼児化する日本社会』で、多くのテレビ番組は日本人の幼児化を促進していると批判しました。それらの番組では、何でも、白か黒かで「ズバッと」斬って見せるやり方が目立ちました。情報バラエティ番組で、「○○を食べれば健康になる!」などというのが典型です。報道番組でさえ、複雑な背景を持ったニュースについて「こういう問題が起きているのはこのせいです」というように、非常に単純化して伝えていたことも指摘しました。このようなTVの流儀になれてしまうことが、人々が2分割思考に陥る原因ではないかと危惧したからです。

 これに加えて最近気になるのが、司会者や解説者がすぐに「これが真実です」ということです。番組タイトルを見ても、「中国の真実」「太平洋戦争の真実」「○○事件△年目の真実」といったものが多くあります。
 しかし、真実というのは、そうすぐにわかるものではありません。番組のなかには、取材や調査が充分でない、かなり怪しいものも多くありますが、たとえ充分に取材・調査したとしても、真実が明らかになるとは限りません。真実とはそういうものなのです。それを何の躊躇もなく、「真実がわかりました」「真実は白です」「真実は黒です」と言ってはいけません。何のためらいもなく、そのように言ってしまう発想や感覚が、極めて幼児的と言えます。

 本来、ある程度専門的にものを知っている人の話は、わかりにくいものです。専門家はものごとを深くみています。上下左右から見て、あらゆる角度から検証するのが専門家です。だから話がわかりにくいのです。
 また、最近芸能人というわけでもないのに、テレビに出ることが職業になっている、あえて名づけると「コメンテーター」というのでしょうか、そのような人たちが増えてきました。私はそのような人たちが何のために出演しているのかが、いつも不思議に思っています。
 彼らの役割は、事件やできごとに対する視聴者の感想を代弁することです。その発言の多くは、「こんな悲惨な事件が起きるとは、関係者は何をしていたのでしょうか」「被害者の気持ちを思うと、とても犯人を許せません」と、そのときの感情を述べるに過ぎません。これでは井戸端会議とどう違うのでしょうか。番組の作り手は、事件などへのコメントがほしいなら、きちんと専門家に聞くべきです。

もともと多面的な考え方のDNAを持つ日本人

 ――最後になりました。読者にメッセージをいただけますか。

青山学院大学 榊原 英資 特別招聘教授<

青山学院大学 榊原 英資 特別招聘教授

 榊原 私は本日、2分割思考について繰り返し批判してきました。2分割思考であまり深く考えずに、「白か黒か」を決めていると思考が停止し、脳の機能も衰えてしまうことが、脳神経医学の研究でわかっています。脳の活性化には、知的な活動が必要ですが、2分割思考はその対極にあるものだからです。
 読者の皆さんは、「白である」「黒である」と言われた場合、「なぜ、どうして?」と必ず問いを発する習慣をつけて欲しいと思います。イギリスの科学哲学者のカール・ライムント・ポパーは、「解答は必ずしもない」と主張しています。それは、「暫定的な答えはある、ただしそれはいつでも覆る」というわけです。

 しかし安心して下さい。日本人はもともと、このような多面的な考え方のDNAを持っています。日本のように八百万の神を信じる多神教の世界では、神様の数だけ正義があるというのが元々の感覚なのです。江戸時代以前の日本人は、そういう曖昧な世界に生きていたのです。異端を排除しない、異質なものと共存するという構造ができていない社会は、変化に対して非常に脆いものなのです。

(了)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
sakakibara_pr榊原 英資(さかきばら・えいすけ)
青山学院大学特別招聘教授。(財)インド経済研究所理事長。1941年生まれ。東京大学経済学部卒業。大蔵省入省後、ミシガン大学で経済学博士号取得。IMFエコノミスト、ハーバード大学客員准教授を経て、大蔵省国際金融局長、財務官を歴任。2010年より現職。著書として『幼児化する日本社会』、『強い円は日本の国益』、『幼児化する日本は内側から壊れる』(東洋経済新報社)、『財務省』(新潮新書)など著書・論文多数。

 
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