AIは人類の未来をナビゲートできるか 技術・倫理・教育から構想する「未来ナビ」論
福岡大学 名誉教授 大嶋仁 氏

世界の未来を語ることは、もはや1つの専門分野からは不可能になった。文化や文学を研究してきた筆者もまた、2026年の日本、ひいては人類の行方を展望する困難に直面している。そうしたなかで出会ったのが、世界連邦構想と「未来ナビ」を唱える技術者・山縣俊夫、そしてAIを思考のインフラとして構想する開発者・Taketo Uetakeである。本稿では、エンジニアリング思想、AIの可能性と危険性、対話と教育を軸に、先端技術はいかにして人類の意識改革とより良い未来構築に寄与し得るのかを考察する。
未来を語ることの困難と
ある技術者との出会い
文化論と文学研究を専門としてきた私が2026年の日本を展望するとは、正直いって難しいことである。日本を展望するには世界潮流を展望せねばならないが、私には国際政治はもちろん、世界経済の動き、人口問題、環境問題についてのたしかな情報がない。また、世界全体を眺望できるような確固たる理論もないのである。私にできることといえば、「どうすれば未来を展望できるか?」という問いを立てることぐらいである。
実をいうと、この問いは私のなかでは25年6月2日に始まっていた。未来をひらいてくれる人に出会ったのだ。その人の名は山縣俊夫。長いあいだ日立製作所に勤めたエンジニアである。氏は単なるエンジニアではなく、暇を見ては哲学を勉強し、行政学を勉強し、混迷する世界の現状を打開する「技術革命」を唱える人である。
氏のいう技術革命とは、具体的には「情報技術革命」「システム・マネジメント技術革命」「政治技術革命」の3つであり、この3つが実現しなければ世界平和の実現はないというのである。氏は世界が核戦争に巻き込まれないかと恐れ、世界各国が早急に話し合って「世界連邦政府」を設立すべきだと説く。国連は常任理事国の拒否権を認めている限り、その機能をまっとうできないのだから、この弊を乗り越えるには世界連邦しかないというのだ。
エンジニアリング思想と
「未来ナビ」の構想
このような氏が「現代の情報科学技術をもってすれば世界平和の夢は実現する」と主張するとき、多くの人が「そんなのは技術屋の空想に過ぎない」と思うのは不思議ではない。しかし、それはエンジニアリングの何たるかがわかっていないことから来る反応であって、私たちはエンジニアリングについてもっと正しい認識をもつべきなのである。
エンジニアリング、正確にはインダストリアル・エンジニアリングは、「生産プロセスや業務を科学的に分析し、効率性・生産性・品質を最大化する技術と手法の総称」である。勘や経験に頼らず、統計学や人間工学に基づいた客観的なデータ分析によって最適な改善策を見つけ出し、コスト削減や作業者負担軽減などを目指すものなのだ。山縣氏がエンジニアであるとは、このような発想で仕事をしてきたということなのである。氏はそのノウハウを用いて、社会改革や政治改革の提案をしている。
24年、氏は『未来ナビと地球社会』という書を出した。そこには未来世界をひらく有用な技術革新として、「未来ナビ」が提案されている。「未来ナビ」とは文字どおり未来を予測し、それに沿って私たちをナビゲートする装置である。IT技術を駆使してそのようなナビゲータを構築し、それを世界中の人が活用すれば、自ずと世界全体の未来が見通せ、それに合わせた各人も各自治体も適切な行動プランを立てることができるというのだ。つまり、「未来ナビ」は情報技術を駆使して地球全体の自然環境・政治・経済などを可視化し、それによって未来を予見することを助け、私たちが「より良く行動する」ことを支える装置なのである。
これを知ったとき、当初私は「眉唾もの」だとすぐさま思った。だが、考えれば考えるほど筋が通っており、もしかすると現代人が最も待ち望んでいるものの1つなのではないかと思うようになった。技術盲信に陥るつもりは無論ないが、はなから技術を軽視すべきではないとも思い直した。現代世界がIT革命に依拠していることは間違いないし、大半の人が日々これに頼っているのであれば、誰しもがもっと最先端技術を知る必要があると思うのである。
世界連邦政府設立の話が出たが、100年前にSF作家のH・G・ウェルズが渇望したものだ。ウェルズには人類規模のビジョンがあり、地球救済願望があった。その継承者である山縣氏は、情報技術の発達した現代こそその夢が叶う時代だと言っている。「どうせ無理だとあきらめる前に、できる限りのことをしたらどうだ」というのが氏のスタンスだ。
AIをめぐる不安と人間というリスク
現代の最新技術といえばAIである。産業界だけでなく、今や誰しもがこれを用いており、「その功罪はいかに」ということが頻繁に議論されている。AIはニュートラルだという人もあれば、人間がつくるからには「善にもなれば悪にもなる」という意見もある。私などは闇雲に恐れる必要はないと思うのだが、実際のところはわからない。
医療用画像処理研究の専門家である九州大学准教授の宮内翔子氏は、25年9月に私自身が運営に参加している「からつ塾」でAIの入門講義をしてくれた。宮内氏がAIの講義を行った背景には、画像処理の世界でAI活用が急速に進んでいる状況がある。宮内氏はAIの根本にある数学的原理を説明し、案外に単純な原理から無数の用途が生まれることを具体的に示してくれたのだ。
この講義からわかったのは、AIそのものには何ら危険はなく、危険なのはそれを利用する人間のほうだということである。人間が危険なのは、先史時代から現在に至るまで自己保存のためなら手段を選ばない本性を有しているからだ。この本性を乗り越えない限り、私たちに未来はないように思える。AIに限らず、超人的能力をもついかなる装置も、だから人類を危険にさらす可能性をもつ。
「未来ナビ」をめぐる共鳴と
情報社会への危機意識
名誉教授 大嶋仁 氏
そのようなことを思っていた矢先、「AIを使って世界をより住みやすい環境にしよう」と考えている技術者を発見した。Academia.eduというネット・サービスがあり、世界中の研究者が分野を問わず自分の書いた論文を発表できるのだが、私がそこに前出の山縣氏の「未来ナビ」論を簡略化して英語で発表してみたら、すぐにも反応があったのだ。25年11月のことであるから、つい最近の話だ。
その人の名はTaketo Uetake。日本人でAIの開発者だが、自身の研究成果をすべて英語で世界に発信している。以下、氏の「未来ナビ」に関する反応メールの概略である。まず氏は山縣氏の提案に賛成し、そのうえで「未来ナビ」の構築に最も役立つのはAIだと主張する。氏自身Akasha(=「虚空」を意味するサンスクリット語)という名のAIを開発中のようで、最先端技術で世界をよくしたいという点で山縣氏と理想を共有している。
山縣氏はウクライナ戦争やイスラエル問題や環境破壊問題を憂えているが、Uetake氏はそれらに加えて情報技術の濫用をも憂えている。「現在はSNSやニュース配信など、多岐にわたる領域でネガティブな情報や不安・対立をあおるコンテンツが、ビジネスモデルとして利益を生む構造が広がっている。その背後には、そうしたネガティブな感情の扇動を、支持獲得や注目の集約、利潤追求の手段として利用している政治家や一部企業が存在しているのである。その結果として、社会全体の議論が断片化され、知識層であっても短期的・感情的な反応に流されやすい状況が生まれている」と。
AIを思考のインフラへ
対話と未来設計の可能性
このような状況に対して、氏が提案するのは「適切に設計されたAIを媒介とすることで、膨大な情報のなかから長期的・構造的な論点を抽出し、知識層が新たなパラダイムを共有していくための思考のインフラとして機能しうる可能性もあるから、AIは単なる情報処理の道具にとどまらず、ネガティブな扇動の流れを相対化しうる、新たな知的共同体の形成を支える媒介として構築すべきだ」というものである。どうせAIの時代である。このような積極的な提案は大いに歓迎すべきものではないだろうか。
さらに氏は、「AIとの対話そのものがより良い世界の実現に寄与する可能性」にも言及する。人間側が問いを投げかけ、AIが多面的な視点や反例を提示し、それに対して再び人間が考え直すという往復を重ねることで、個々人の前提や思い込みが相対化され、概念や価値観の再編成が促されるというのだ。このような対話プロセスの構築に、知識層が新しいパラダイムを模索していくための「訓練の場」「思考の実験室」としてAIが利用できるのではないか、というのである。
この提案は私にはとても新鮮である。本来は生きた人間同士で対話すべきなのだが、現在世界はそれを容易に許さないところがある。個人と個人、集団と集団、国家と国家、このいずれにおいても対話が機能していない現実があるのだ。AIにそうした対話欠損状況を改善する機能があるとすれば素晴らしいことだ。
Uetake氏によれば、山縣氏が提案する「未来ナビ」は「世界中の紛争・環境・経済・公衆衛生などのデータをリアルタイムに解析し、地球のダッシュボードのようなかたちで状況を可視化させることで、国連をこう変えたら、世界連邦がこう動いたらといった制度設計案をシミュレーションし、その影響を比較検討できるようにするものだということになる。氏は自身の開発するAIによって、その機能をさらに向上させることができると言っているのである。
だが、そのように言う氏も、「独裁や全体主義への逆戻り」をAIが加速させてしまう危険性は無視していない。「監視や情報操作、アルゴリズムによる選別も、世界連邦のような強い権限をもつ組織と結びつかなければ、非常に強力な負の未来ナビになりかねない」ともいうのである。氏は「AIをどのような制度・価値のもとで運用するかというグローバルな枠組みづくり」が不可欠だというが、そのような大規模な構想企画には、世界中の哲学者や法学者、人文学者やエンジニアや情報科学の専門家の協働が必要であることは間違いない。
先にも述べたが、山縣氏の未来ナビもUetake氏のAkashaもH・G・ウェルズの理想を追うものである。しかし、それは決して空想に属するものではない。空想科学小説の元祖ジュール・ヴェルヌが考えついたいくつかのフィクションが、後の時代に現実になっているという事実を忘れてはならない。人間、やってみなければ何も実現しないと肝に銘じたい。
人類の意識改革と
AI媒介の新しい教育構想
先述のUetake氏が「AIをどのような制度・価値のもとで運用するかというグローバルな枠組みづくりが必要だ」と言っていたことに立ち戻りたい。そのようなグローバルな枠組みづくりは、どうあっても人類共通の倫理的価値観がなければ成立し得ないと思うのだ。このことには未来ナビ提唱者の山縣氏も言及しており、氏は宮沢賢治の「自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する」という言葉を引いて、人類は「意識改革」が必要だと説く。
では、そのような意識改革、どうすれば実現できるのか。試しにAIにこの問いを発してみると、以下のような答えが返ってくる。「教育と知識の普及が重要である」と。では、どういう教育が必要なのかと問うと、「批判的思考力の育成」と「異なる文化、価値観、視点に対する理解と尊重を促す教育」、さらには「信頼できる情報源へのアクセスの保障」が含まれると答えてくれた。これらが幼少時からしっかり教育されれば、人類の意識は今日のIT技術の水準に見合った段階に達すると期待されるというのである。この回答、模範解答に近い。
ただし、いくらよい教育でも上からの押し付けではダメだ。教育とは人間本来の自然を活性化し、それを耕して望ましい方向に育て上げることだからだ。その点で重要なのは「対話能力の育成」であろう。異なる人間同士が平和な関係を築くには「対話」以外にない。意識改革には瞑想が役立つともいわれるが、瞑想は誰にでも簡単にできるものではない。それよりは身体を用いた共同作業、そして対話の訓練が必要なのである。
では、この種の教育に現代文明が誇るIT技術は役立たないのか。山縣氏の未来ナビやUetake氏のAkashaに未来社会構築のための教育プログラムを盛り込むことができるのではないか。そのようなプログラムは全世界の教育者や哲学者や心理学者と、そうしたプログラムづくりの得意な技術者とが互いに連携し、彼らの知識を総合すれば実現しそうに思われる。そして、ひとたびそうしたプログラムができれば、幼少時からこれを順次こなしていけばよく、人類の意識改革は不可能ではなくなるのである。
以上、26年に限らず未来を予測し、より良い世界を構築するための先端技術利用の具体案を紹介してみた。はたして読者はどう反応するであろう。以前の私のように、「そんなのは夢の夢だ」と切り捨てるであろうか。
<PROFILE>
大嶋仁(おおしま・ひとし)
1948年生まれ。福岡大学名誉教授。からつ塾運営委員。東京大学で倫理学、同大学院で比較文学比較文化を修め、静岡大学、ペルー=カトリック大学、ブエノスアイレス大学、パリ国立東洋言語文化研究所を経て、95年から2015年まで福岡大学にて比較文学を講じた。最近の関心は科学と文学の関係、および日本文化論。著書に『科学と詩の架橋』(石風社)、『生きた言語とは何か』(弦書房)、『日本文化は絶滅するのか』(新潮新書)、『森を見よ、そして木を』(弦書房)などがある。








