2024年05月03日( 金 )

誰が日本の高齢者を殺そうとしているのか(3)

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第2回 地域住民の本音に耳を傾けようとしない政府と、行政体力のない地方自治体(後)

特養は現代の「姥捨て山」?

 「施設から自宅・地域へ」と国は言う。だが、「自宅で重度の要介護者を看る」ことには限界がある。子どもとの同居がほぼ不可能なこの時代に、あえて「実家」に戻って(ときどき訪ね)親の介護をすることは困難を極める。子どもたちには、それぞれの生活がすでに確立している。このときとばかり「親子という絆」を持ち出されても、二の足を踏まざるを得ない。家族制度は事実上崩壊している。

 介護を、もう少しクールな視点で捉えてもいいのではないか――。自宅介護には、さまざまな介護サービスがあり、それをうまく利用するというのが「地域医療・介護サービス」の意味するものであり、介護保険のコンセプトなのだろう。
 だが、サービスの低下を余儀なくされる市町村では無理が生じる。より多く「自宅で看る」ことを強いることにならざるを得ない。社会保障費の際限ない増大の抑制という大命題の根本的解決が、要介護者を「自宅や地域に返す」というのなら、それなりの準備(受け皿)が必要だ。国の思惑とは矛盾するようだが、「特養を中心とする施設の充実」と「自宅介護と地域介護・医療の完全整備」を強行に推し進めるべきだ。

setumei そのためにも、特別養護老人ホームの存在は重要になる。「全国の特養待機52万人」(平成25年3月厚労省調べ)という数字は、現在、確実に増加しているはずだ。特養は自治体と福祉法人だけが建設可能な高齢者施設である。株式会社などが手がける「有料老人ホーム」とは違い、65歳以上で、身体や精神に著しい障害を持つと認定された人が(低所得者でも)利用できる‘終の棲家’なのである。
 東京都杉並区が南伊豆町に所有していた土地に杉並区の予算で特養をつくり、杉並区民が50人、南伊豆町民が30人、計80人規模の特養を目論む。「杉並と南伊豆の連携は、『杉並モデル』と呼ばれ、地方の自治体にとって大きなヒントになった。都市部の高齢者を引き受ける施設を作り、福祉で町おこしを実現しようと模索する自治体も出てきたのだ」(「週刊文春」平成26年4月24日号)。

 一方で、「姥捨て山」という批判の声もあがっている。42年間、福祉畑に在籍した世田谷区の副区長(当時)秋山由美子氏は、「杉並モデルには反対です。なぜなら入居する高齢者本人の意志という視点が抜け落ちているからです。(中略)介護を受けたい場所についても『地域コミュニティ形成できる住み慣れた場所』という考えが圧倒的に多いのです。(中略)要介護度が重くなり、家族や地域が支えきれなくなってから縁もゆかりもない場所に送る、というのは抵抗があります。高齢者の尊厳を守っていると言えるのでしょうか」(同)と否定する。

 しかし、高齢者の尊厳も大切だが、介護する側の尊厳も無視できないはずだ。都市部には建設する土地がないなら、「山手線の上を利用する」くらいの知恵を出してほしい。待機児童対策のため、銀座の公園に保育所を建て、屋上を公園にする立体化計画を進める中央区のように、「山手線空間利用計画」も突飛な発想ではない。
 たしかに、慢性的な介護職員の確保は難しい。でも、「高齢者の尊厳」という“正論“をまくし立てているうちに、特養に入れない重度の要介護者は、確実に「自宅や地域」で死んでいく(殺されていく)。介護する家族も疲弊し、“介護殺人”が増える。「(大)家族はすでに幻影」という事実を突きつけられているにもかかわらず、安倍総理は三世代同居住宅に補助金を出すという。この無能さ。ポピュリズム。もはやきれい事ではすまされない、「待ったなし」の状況下では「発想の転換」も必要だ。

 結果として、特養が「姥捨て山」になってもいいのではないか。その人の生きてきた人生という軌跡の結果として、「家族に捨てられる」こともある。実際、私はこの目で、それに近い現実をいくつも見てきた。“他人”という行政に殺される前に、自分で(死に場所を選ぶ)覚悟を持つことも必要だと思う。そういう時代をつくり上げてきたのは、紛れもなく今を生きている高齢者たちなのだから。
 とはいえ、人間は我欲の深い生き物だから、最後の最後までわめき続けるのだろうが…。

(同項、了)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

 
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