2024年04月16日( 火 )

一般メディアが語る「中国」はわかりやすすぎる!(5)

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東京大学大学院総合文化研究科 川島 真 教授

北京の言説、欧米や日本の言説の双方に疑義を抱く

 ――中国とアフリカ、中国と東南アジアにスポットを当て、北京の言説からも、英語や日本語の言説からも、少し離れたお話をお聞かせいただきました。新しい事実がほとんどだったので、少し読者に再度、簡単に整理していただけますか。

 川島 本日は、主に2008年から13年にかけて、私が中国現地で見た、感じた、中国の対外政策や、対外関係の変容についてお話させて頂きました。具体的な空間としては、アフリカ諸国のザンビアなど、ベトナムやミャンマーやそれらの国境地域となる、広西チュワン族自治区の南寧や雲南省の昆明など、また中国国内の外国人コミュニティとして「広州アフリカ人街」などについてです。

 フロンティアというのは、まさに中国の政策が実施され、また人々が辿り着き、社会に様々な変容が生じている現場と言う意味です。そして、私がフロンティアに拘ったのは、
北京の言説、また中国の世界進出をめぐる英語や日本語による批判的な言説の双方に関して疑義を有していたからです。

 私の専門は中国外交史です。中国外交文書を扱う際に関しても、可能な限りその問題が生じた場所に行き、現地での言説などと外交文書の内容との差異や視線の違いを意識するようにしてきました。今回の試みもこの歴史研究の手法を援用しています。

中国が官民一体となって、世界進出を行っている?

 中国の世界進出とされる現象がいかに複雑で、多様な面から構成されているかということはお分かり頂けたことと思います。簡単に言えば、中国政府の「走出去」(海外への投資戦略)政策で全てができるわけではなく、現地(相手国)と中国内部それぞれの事情があります。また、中国が官民一体となって、いわば「一君万民体制」で、世界進出を行っている、と言えるほど単純なことではありません。

 ちょうど本書で取り上げた、2008年から13年は、胡錦濤政権の後半期に当たり、経済発展を重視した国際協調路線である「韜光養晦(とうこうようかい)」というスローガンを少なくとも言葉の上では維持しながらも、世界第2位の経済大国として、極めて積極的な外交を展開し始め、とりわけ「核心的利益」とされる領土については、決して妥協しない姿勢を示していました。習近平政権の対外政策の前提が見られ始めた時期だったと言っていいと思います。

途上国から途上国への援助“南南協力”スタイル

 この時期には、中国の人々も海外へ、それまで以上に積極的に移動し始めています。雑誌『非洲』にはまさにそうした人の移動も政府の旗振りで進められた面も見られますし、
「保定村」物語を見ると、官との関わりのあるエージェントの存在があったこともうかがわせます。しかし、実際の農業移民の姿やアフリカの中国人社会の様子を見れば、必ずしも官民一体と言えない面もあったことは明らかです。

 中国の対外援助は“南南協力”と言う言葉に代表されるように、途上国から途上国への援助というスタイルをとっています。OECDの下にある先進国のドナーグループの組織であるDAC(開発援助委員会)とは考え方が大きく異なっています。欧米など先進国にありがちな、人権や民主化の条件はつけませんし、煩雑な手続きも見られません。
品質については先進国より劣っていても、迅速に建設を進め、指導者の任期中内にインフラ建設プロジェクトを幾つも成し遂げることができます。こうした点は、援助を受ける政治家や政権からすれば大きなメリットで歓迎されるのです。
 
 中国の世界進出にまつわる議論では、中国が主語にされ、中国側の事情だけで語られてしまう傾向があります。しかし、中国自身もまた、相手国の国内状況や、その地域の国際政治の「隙間」や「ひずみ」に注意を払い、相手国の事情に寄り添って、対外援助を行っています。

「複眼的な思考」でものを考える訓練をすること

 ――時間になりました。読者の明日にメッセージを頂きたいと思います。

 川島 大事なことは私たちが「複眼的」な思考でものを考える訓練をすることです。
私は学生に対しては留学することを奨めています。留学をして、日本と違う地域、環境で暮らしてみると、その地域のものの見方、考え方が一定程度分かるようになります。そうすると、その後に、日本以外の地域で起こった問題についても、現地の人達(学友やホームステイ先など)の考えについて想像がつくようになります。いわば、自分の頭の中に、複数のウィンドウズのOSが備わっていることを意味します。日本は民主主義国家で多様な議論が存在すると言われています。しかし、それは一定の範囲の話です。日本語の言論空間だけで「単眼的」思考に陥ってしまうことは危険なのです。

 次にお奨めしたいのは、外国に友人を作ることです。留学ができなくても、日本以外の地域に、自分と違う言語の友人を持つことで、多様な思考を学ぶことができます。

ひとつのニュースでも、国が違えば視点も変わる

 3番目にお奨めしたいのは、NHK BS朝の国際報道番組『BS1 ワールドウォッチング』です。世界各国では、今どのようなニュースを伝えているのか?同じニュースでも国が違えば、視点も異なります。世界18の国と地域、23の放送局のニュースをダイレクトに見ることができ、キャスターが日本語で詳しく解説もしてくれます。これを見ると、例えば「シリアの問題」でも、世界各国で報じ方が大きく違うことが分かり、勉強になります。

 私たち研究者も中国に行った時、CCTV(中国中央電視台)の他に、極力その地方のTV局のニュースを見ることを心掛けています。それぞれの地方TV局で報じ方が異なっているからです。

 ――本日は、お忙しい中、お時間を賜りありがとうございました。

(了)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
川島 真(かわしま・しん)
 1968年神奈川県横浜市生まれ。1997年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程、単位取得退学、博士(文学)。現在、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻教授(国際関係史)、専攻は中国近現代史、アジア政治外交史。世界平和研究所上席研究員、nippon.com企画編集委員長、内閣府国家安全保障局顧問などを兼任。
 著書として『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会、サントリー学芸賞)、『近代国家への模索 1894‐1925』(岩波新書)、『中国のフロンティア』(岩波新書)、『21世紀の「中華」』(中央公論新社)他多数。編著として、『東アジア国際政治史』(共編、名古屋大学出版会)、『チャイナ・リスク』(岩波書店)他多数。

 
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