2024年05月04日( 土 )

「電動6人乗りベビーカーは車道を走れ」~誤解はなぜ拡散したのか

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 9月7日に経産省が公表した資料を巡り、ネット上でちょっとした騒動が起きた。いわば「炎上」が起きたのである。題材は「電動アシスト付き6人乗りベビーカー」。保育園や幼稚園でのお散歩時に利用されている、ワゴン型のベビーカーだ。子どもたちが乗るスペースは、およそ120㎝×80㎝。都市部の住宅街ではよく目にすることができる。ベビーカーに乗せられて、目をキラキラさせて周囲を見回す子がいたり、保育士さんがいくらあやしても泣いている子がいたり、ほほえましい限りである。

 いくら就学前の子どもとはいえ、6人も乗ればずいぶん重いはず。保育士さんも大変だろうと思っていたところに、今回の経産省の発表で「電動アシスト付き」の存在を知った。なるほど自転車同様、モーターの助けを借りればずいぶんと楽になるはずだと感心したものの、公表資料を一見すると「電動6人乗りベビーカーは軽車両であり、歩道ではなく車道を通れ」と書いてあるようにも読める。軽車両扱いということは、自転車や人力車、いわゆる大八車と同じ扱いになり、歩道を通行できないことになるのか。
 技術の進歩が保育士さんたちの苦労を助けることになると思ったのに、なぜ……という当然の疑問が、第一報となった「Yahoo!ニュース個人」での情報発信につながったのだろう。「電動アシスト付き6人乗りベビーカーは、すべて軽車両と同じ扱いになる」という誤解がネット上に広がった。

 では、問題の「電動アシスト付ベビーカーに関する道路交通法及び道路運送車両法の取扱い」についての発表資料を見てみよう。
※全文はコチラ

照会のあった電動アシスト付ベビーカーは、道路交通法第2条第3項第1号の「小児用の車」に該当せず、同法第2条第1項第11号の「軽車両」に該当する。
●また、当該電動アシスト付ベビーカーは、「人力により陸上を移動させることを目的として製作した用具」及び「軌条又は架線を用いないもの」であり、その用途や使用の方法、車両の寸法から道路運送車両法施行令第1条の「人力車」として、同法第2条第4項の「軽車両」に該当し、同法第2条第1項の「道路運送車両」に該当する。

 ポイントは、太字にした「照会のあった」「当該」という2つのキーワード。今回の発表は、「グレーゾーン解消制度」というものに基づいている。これはある商品が、法的な規制に当てはまるかどうかの問い合わせに対し、経産省が関係省庁(今回は国交省)に問い合わせを行い、その結果を公表するというもの。法律のグレーゾーンを解消することが目的となっている。今回は、あるメーカーが発売前の電動アシスト付きベビーカーについての問い合わせを行ったものであり、「電動アシスト付き6人乗りベビーカー全体」ではなく、問い合わせたその商品についてだけの回答だった、というのが真相のようだ。「照会のあった」「当該」という言葉に注目したうえでよくよく文章を読み直すと、やっと本来の意味が見えてくる。

 正直、記者も初めてこのリリースを見たときは「なんだ、電動6人乗りベビーカーは規制されちゃうのか。現実の商品開発に法規制が追い付かないというのはよくあるが……」と、すっかり誤解していた。
 お役所からすると、「照会のあった」「当該」という限定をしているのだから、間違えるわけはないだろうという立場だろう。彼らの文法からすれば、その用語を見落とすとは思えない、となるはずだ。しかし我々記事を発信する側としては、どうしても一般に受けそうな要素を探して記事にしよう、という立場に立ってしまう。

 このような公式発表を記事にするとしたら、まず最低限省庁の担当者に取材。また可能であれば、電動アシスト付き6人乗りベビーカーのメーカーにも取材を行う。この当然の手順を踏めば、どちらかの担当者と話すうちに「6人乗りベビーカーがすべて規制される」という当初の思い込みが間違っていることに気づいたはずだ。

 「ネット記事はスピードが命」という側面は間違いなくある。しかしそれを重視しすぎて最低限の確認や取材を怠れば、今回のようにいたずらに世間を騒がせることになりかねない。改めて、情報発信に携わることの意味とその重さを再確認した騒動だった。

【深水 央】

 

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