2024年03月29日( 金 )

民俗学では「現実的に『棄老』は存在しない」といわれても…(後)

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大さんのシニアリポート第61回

遠野にある「デンデラ野」

 佐々木陽子(鹿児島国際大学福祉社会学部現代社会学科教授・社会学)『「棄老研究」の系譜(Ⅰ)―民俗学的アプローチと文学的アプローチを中心にー』:「『棄老物語』は、前近代の極貧の食糧事情を抱えた村落共同体を舞台に、労働力として効率性から脱落し、不要な荷物と化す老人を、村の掟に従い棄てる物語である。ここでは、老人に食べさせる食料はこれから労働力となる子どもに回すべしと功利主義が貫かれ、『棄老』の掟に従い老人を死に追いやることで、家族や村落共同体の延命が図られる。(中略)『棄老物語』における『棄老』は、村人の『知恵』が生み出した約定であり、『棄老』は、人権の全面否定でありながら、村人全員が例外なく一定の年齢に達すると無条件に『棄老』の対象となるという意味では、逆説的ながら、死に向けての『平等』が貫徹されている」と、「棄老」の実効性と納得性というらユニークな視点を展開している。さらに、「吉川(裕)は、多くの資料にあたり、赤子同様に、歴史上、凶作や飢饉で棄てられた老人はたしかにいたであろうが、棄てることが日常化していたわけではないと考える。『でんでら野』を『最期の住み処とするのは、身寄りのない年寄りだったと思われる』と、佐々木も吉川説を流用して「棄老」を完全否定してはいない。

 民俗学者の赤坂憲雄(学習院大学教授)は、三浦佑之(千葉大学名誉教授 古代文学・伝承文学)との共著『遠野物語へようこそ』で、『遠野物語』の「デンデラ野」と「ダンノハナ」を「まさに、姥棄てや棄老などと呼ばれてきた伝説の1つですが、どこか異様な雰囲気を漂わせています。その語り口が、たんなる昔話や伝説とは思われないような、奇妙なリアリティを感じさせるのです」(p144)と述べ、民俗学者でありながら、「棄老」の完全否定からは距離を置く感じがした。

「民話の館」(遠野)

 吉本隆明(詩人・評論・思想家)は『改訂新版 共同幻想論』の(p128)で、「デンデラ野」と「ダンノハナ」を「村境の塚所であり、(中略)いわば現世的な〈他界〉である」「六十歳をこえた村落の老人たちは、生きながら〈他界〉へ追いやられたことをこの民譚は表象している。そして後段の民話では、村の男女はたれも死ぬとここを通りすぎると記している。なぜ、村落の老人は六十歳をこえると生きながら〈他界〉へ、いわば共同体の外へ追いやられるのであろうか?」と疑問を呈し、「つまり、老人たちは、対幻想の共同性が、現実の基礎をみつけだせなくなったとき(ヘーゲル的にいえばそれは子どもをうむことによって実現される)、〈他界〉へ追いやられたのである。そして対幻想の共同性が、現実に基盤をみつけだせなくなるのは、ヘーゲルがかんがえたように、子どもをうむことで現実かされなくなったかどうかではなくて、対幻想として、村落の共同幻想にも、自己幻想に対しても特異な位相を保ちえなくなったかどうかを意味しているのだ。いうまでもなく、対幻想として特異な位相を保ちえなくなった個体は、自己幻想の世界に馴いたするか、村落の共同幻想に従属するほかに道はない。それが六十歳をこえた老人が『蓮台野』に追いやられた根源的な理由である。そして一般的には〈姥捨〉の風習の本質的な意味である」と断言する。

 吉本は民俗学者が否定する「棄老俗」とは一線を画す視点で話を展開していく。「棄老伝説」は全国に100カ所以上現存しているものの、遠野の「デンデラ野」と「ダンノハナ」のように「奇妙なリアリティを感じさせる」(赤坂憲雄)棄老譚はここをおいて他所にはない。「棄老」の真偽を抜きにしても、民俗学という範疇を超えて語り伝えられているのは、遠野のもつ圧倒的な異様性(捨てられた老人たちが働きながら共同生活を送るという現代にも通じる「セルフヘルプグループ活動」「コーポラティブハウス」「高齢者相互扶助システム」)の存在を感じたからに他ならない。次回作『親を捨てる子 子を捨てられない親』(仮題・平凡社新書)にとってはピンポイント的な最重要視点であることに変わりがない。「デンデラ野」を今日的に再構築が可能なのかどうか、いや、可能にする以外「親は子に捨てられる」という運命に抗うことはできないと思う。現実的な「子離れ」の先にあるのは、「捨てられる親の自覚」であり、「覚悟」なのだ。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

 
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