2024年04月17日( 水 )

シンギュラリティが間近に迫る! AI研究者の予測を現実が上回る(前)

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駒澤大学経済学部 井上 智洋 准教授

 Googleの技術者で人工知能(AI)研究の世界的権威であるレイ・カーツワイルは「『シンギュラリティ』(技術的特異点)は2045年にやって来る」と言った。今、指数関数的に技術の進歩や革新が進むなかで、その予測はさらに早まるとも言われている。そして2030年には、人間の社会生活、経済生活あるいは価値観が大きく変わる「プレ・シンギュラリティ」(前特異点)がやって来る。遠い未来の話ではなく約10年後のことである。新年を迎えるにあたり、私たちにはどのような心構えが必要とされるのだろうか。人工知能と経済学の関係を研究するパイオニア、新進気鋭の経済学者、井上智洋 駒澤大学経済学部准教授に聞いた。

ビッグデータを必要としない「アルファ碁Zero」

 ――年末にあたり、2017年度を「人工知能(AI)と経済学」の観点から振り返っていただきたいと思います。まず人工知能についてはいかがですか。

駒澤大学経済学部 井上 智洋 准教授

 井上智洋氏(以下、井上) 「人工知能」の観点では、「囲碁」の例が一番わかりやすいと思います。時系列に申し上げますと、2016年3月にディープマインド社の「アルファ碁Lee」が韓国のイ・セドルとの五番勝負で3勝(最終的に4勝1敗)を挙げ、韓国棋院からプロの名誉九段を授与されました。続いて「アルファ碁Master」が17年5月に世界一強いといわれる中国の柯潔(カ・ゲツ)との三番勝負で3局全勝を挙げ中国囲棋協会からプロの名誉九段を授与されました。柯潔に勝利したことで、ディープマインド社はアルファ碁を人間との対局から引退させることを発表しました。当然、開発もストップしたものと思われていました。

 ところが17年11月になって、驚くべきニュースが飛び込んできました。新たなバージョン「アルファ碁Zero」が発表されたのです。この「アルファ碁Zero」は「アルファ碁Lee」と闘い百戦百勝しました。しかしこの点については、アルファ碁はすでに人間のおよばない域に到達していたので、さらに強いものが出たということで大して驚いていません。

 特筆すべきは、この「アルファ碁 Zero」のもっている、今までの常識を大きく覆す特徴です。それは「アルファ碁Lee」も「アルファ碁Master」も、膨大な囲碁の棋譜(囲碁の対戦の記録)を読み込み、囲碁の知識や定石を教えたうえで対戦に臨んでいるのですが、「アルファ碁Zero」には、囲碁の対戦ルールを教えただけで、一切棋譜は読み込ませていないのです。

 アルファ碁はいずれのバージョンも「ディープラーニング」という新しいAI技術が組み込まれています。ディープラーニングは「機械学習」という分野に属します。人間が知識や定石を与えるわけではなく、膨大なデータを与えることによって自分で賢くなっていくことが特徴です。そのためには、膨大なデータすなわち「ビッグデータ」とは切り離せないものと思われていました。一方で「あまりにも多くのデータを必要とし過ぎるのではないか」とも思われていたのです。そこに「ビッグデータ」を必要としない「アルファ碁Zero」の出現です。人間の棋譜には学ばず、AI同士の対局を繰り返して上達し、独自の「定石」を身につけました。今のところ、何が起こっているのか、詳細はわかりませんが、とにかく、人工知能の世界で「何かが大きく一歩前進した」「驚くべきところまでついにきた」と考えられています。

X-Techを実現する一番の障害がビッグデータである

 井上 人間の場合、たとえば「人力車」を見たことのない外国人が、人力車の前で「これが人力車です」と一度教えられただけで(1つのサンプルだけで)、同じような形態のものを見れば「あれは人力車だ」とわかるようになります。このような学習方法を「ワンショット学習」(画像内の物体などを1つのサンプルだけで認識する)と言います。つまり、人間はビッグデータを必要としていないのです。

 今「X-Tech(Xテック)」という言葉があります。さまざまな業界でIT・AIと融合して新しい技術が生み出されています。「Finテック」(金融)はよく知られていますが、そのほかに「HRテック」(人事)、「REテック」(不動産)、「Adテック」(広告)などたくさんあります。これらの技術は業界に風穴を開ける破壊力を秘めていると期待されています。しかし、Finテック以外は今のところ大きな成果がでていません。その一番の障害がビッグデータです。

 たとえばHRテックとは、AIなど最先端のIT関連技術を使い、採用・育成・評価・配置などの人事関連業務を行う手法のことを言います。しかし、「AIを使って採用を自動化しよう」としても、基になるビッグデータ(入社当時から現在までの追跡データ)がそろっている会社はほとんどないので、思った通りの成果がでなかったのです。「アルファ碁Zero」の出現は「今後はビッグデータをそれほど必要としなくなるかもしれない」という想像さえ掻き立てる画期的な出来事だったのです。

 ディープラーニングをビッグデータと切り離すことができれば、新たな展望が開けます。それはまもなくやって来る「第4次産業革命」とも関係します。第4次産業革命は、「人工知能(AI)」「IoT」「ビッグデータ」の3点セットで考えられているからです。

(つづく)
【文・構成:金木 亮憲】

<プロフィール>
井上 智洋(いのうえ・ともひろ)
駒澤大学経済学部准教授。慶應義塾大学環境情報学部卒業。早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。博士(経済学)。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。人工知能と経済学の関係を研究するパイオニアとして、学会での発表や政府の研究会などで幅広く発信。AI社会論研究会の共同発起人をつとめる。著書として、『人工知能と経済の未来』(文春新書)、『ヘリコプターマネー』(日本経済新聞出版社)、『新しいJavaの教科書』(ソフトバンククリエイティブ)、『人工超知能』(秀和システム)、共著に『リーディングス 政治経済学への数理的アプローチ』(勁草書房)、『人工知能は資本主義を終焉させるか』(PHP新書)など多数。

 
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