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2018年01月31日 14:37

発病のメカニズムを遺伝子レベルで解析 「精密医療」実用化へ(前)

九州大学医学部 第一内科教授 赤司 浩一 氏

 医学の進歩とともに人間の平均寿命は延びてきた。しかしながら、依然として「不治の病」といわれる病気も少なくはない。日本人の死因第1位のがんも、重粒子線がん治療などの先端医療を始め、さまざまな治療法が開発されてはいるが完全に克服できたとは言い難い。このようななか、遺伝子解析から病気のメカニズムを解き明かし、個人レベルで適切な治療を行う「精密医療」(プレシジョンメディシン)が実用化に向けて大きく前進している。そう遠くはない未来、われわれの病気、健康に対する考え方はどのように影響を受け、変化するのだろうか。九州大学で「プレシジョンメディシン研究センター」設置を進めている赤司浩一教授に話をうかがった。

個人レベルで最適な医療

 ――従来の医療と「精密医療」はどのように違うのでしょうか。

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 赤司 「精密医療」とは、個人レベルで最適な治療方法を分析し、選択したものを施す医療です。個人の疾病について、従来は病態に対しての治療を行ってきましたが、その病態をさらに詳しく、遺伝子レベルで見ていくことによって病気の原因となっている細胞内の分子がわかるようになりました。解析する分子には、ゲノム、エピゲノム、トランスクリプト(転写されたメッセージ)、タンパク質、メタボライトなど、さまざまなものがありますが、このうち、現段階で研究が進んでいるのがゲノム解析です。「精密医療」は、たとえば、ゲノム変異すなわちDNAの機能異常を是正するための薬を用いるなど、選択的に特定の箇所に作用する適切な薬のみを投与し、治療を行うことから「精密」といわれています。たとえば、ひと口に「炎症」といっても、傷の修復過程の炎症のように治癒のプロセスで必要なものもありますが、あまりに炎症が激しいと別の病気を起こしてしまいます。そこでステロイドや痛み止めを使って抑制するわけですが、これらの薬剤は炎症過程を全体的に抑えているだけで炎症の原因メカニズムを叩いているわけではありません。

 ――研究が飛躍的に進んでいる理由は何でしょうか。

 赤司 次世代シークエンサー(NGS=Next Generation Sequencer)の存在が大きいですね。2003年に完了した、ヒトゲノムの全塩基配列を解析するプロジェクト(ヒトゲノム計画)によって、人間の遺伝子の全体像がわかりました。次世代シークエンサーは、DNAをバラバラにし、その断片を読んでいきますが、全体像がわかっているので、その断片がどこにあるのか、コンピューター上で再現できます。つまり、今までは1個の遺伝子を調べていたのが「全遺伝子検索」というすべての遺伝子を調べて既存の情報のうえに乗せていく、網羅的な遺伝子異常の検査が可能になったのです。

膨大な情報にAI活用

 ――「精密医療」によって病気が治った事例はありますか。

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 赤司 アメリカで重症児の事例があります。2010年当時で5歳だったニコラス・ヴォルカー君は、生後すぐに原因不明の炎症性腸疾患を発症し、食べ物を食べると腸に穴が開くことから何度も手術を受けましたが、大腸を全摘出した後も今度は小腸に穴が開くなど、治療の見込みがまったく立たず、莫大な医療費がかかっていました。2010年、ウィスコンシン医科大学で、この重症児の次世代シークエンサーによる全遺伝子検索が行われ、腸を細菌から守る働きに関係していると考えられているXIAP遺伝子が病因遺伝子として同定され、ここでようやく病態が免疫異常に基づくことが診断されたのです。最終的に、次世代シークエンサーのデータから臍帯血移植に踏み切り、その結果、ほぼ完治することができています。

 もう1つは、ワシントン大学のゲノム研究者であるルーカス・ワートマン氏の事例です。彼は35歳で難治性の成人リンパ性白血病に罹患しました。彼は、大学の友人たちの協力を得てゲノム解析で病気の原因となる遺伝子(ターゲット遺伝子)を突き止め、適切な治療薬を服用することで数カ月という短期間で完治することができました。その薬はもともと腎臓がんに対して開発された治療薬でしたが、白血病の原因となる異常を効果的に押さえることができました。

 このように成功例は少しずつ増えていますが、まだまだ研究を進める必要があります。ワートマン氏自身が「How incredibly lucky I was!」(自分は信じられないほど運が良かった)と語っているように、現状では、すべての患者さんが網羅的遺伝子解析を受けることはできません。また、ターゲット遺伝子に対して適切な治療薬を選べるとは限りません。

 ――資料【図Ⅰ】で見ましたが、肺がんだけでもたくさんの薬があることに驚きます。

 赤司 資料のものは、遺伝子の異常において、異常な分子をターゲットにした「分子標的薬」といいます。もはや人間の知識では追い付けないほどのスピードでメガ・ファーマ(巨大製薬企業)が分子標的薬を開発しており、その無数ともいえる情報を整理して最適な薬を選択するには今後、AI(人工知能)を利用する必要があるでしょう。また、今後、「精密医療」を行うためには、全世界で行われている試験によって蓄積されていく情報を集めていかなければなりません。大量の情報を基にAIによる診断で薬を選び、投与する時代が数年以内にやって来ます。

 ――「精密医療」は今後、どのような分野で研究が進んでいきますか。

 赤司 とくに、がん治療の分野が大きいですね。「精密医療」は、治らなかった病気を治すというよりも、薬を投与する順番や、がん治療の薬を選択する際に使えます。また、今までは、患者さんが化学療法で治るか治らないか、やってみないとわかりませんでしたが、遺伝子を調べておくことで判断できます。そこから「層別化」という患者さんのグループ分けを行い、たとえば白血病の場合、予後が悪い可能性が高いと判断した患者さんには、最初から骨髄移植、造血幹細胞移植をしておくこともできます。

 ――効率的な治療が行われる点で大いに期待したいところですが、実用化へ向けて克服しなければならない課題には何がありますか。

 赤司 まず、ゲノム医療は、現在保険で認められていません。治療法とその結果が特定されている医療ではないため、現行の保険制度では認めようがないのです。国には、保険が適用できるぐらいまで費用を落とそうとする動きがあり、それを九州大学医学研究院でリードしていくために、プレシジョンメディシン研究センターを設置する計画です【図Ⅱ】。

(つづく)
【聞き手・文・構成:山下 康太】

<プロフィール>
赤司 浩一 氏
1985年、九州大学医学部卒業。2000年、ハーバード大学準教授、同年九州大学病院遺伝子細胞療法部教授、08年、九州大学大学院病態修復内科学(第一内科)教授。14年10月、(一社)日本血液学会の理事長に就任。

 
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