凄味ある経営者(3)綱屋・萩原正綱オーナー 社員とともに

(株)綱屋 萩原正綱オーナー    2021年10月、(株)綱屋の萩原正綱オーナーは経営していた飲食店「焼肉ヌルボン」をJR九州に売却した。そして3年半が過ぎ、新しい動きが始まった。博多区美野島2-5-2(従来の本社跡地)にてホテル事業をオープンした(ホテルの記事は別途参照)。新事業開業時点での経営心境をうかがった。

 その際に萩原氏から聞いて最も感動した言葉は、「社員たちが喜ぶ環境をいかに持続させるかが経営者の役目です。だから社員たちが安心できるJR九州に売却することを決断しました。M&Aの構想は売却3年前から検討していましたが、具体的なビジネス案件が転がってきて半年で決断しました」というものであった。

先見性がすべて

 もともとは精肉店が始まりで、寿屋などに精肉店として入っていた。しかし、「スーパー自身による直営に移行するだろうという見通しを立てて業態を飲食店に転換しました」との説明を受けた。軌道に乗ったのは3店舗目である「焼肉ヌルボンガーデン 糸島南風台店」からだ。糸島市に住む富裕層の住宅街という市場の見立てで高級路線の店を構えた。「肉店を基盤にしながら、余裕が出てきたタイミングで外食業態に挑戦したことも、成功の道を開く大きなきっかけになりました」と振り返る。

 その後、「食のラインナップや内装設計を支える良いブレーンと出会い、『風の邸』という店も一世を風靡(ふうび)しました。ヒットメーカーとしての信頼、仲間の役員、名匠の技術。それぞれが首都圏でも通用する店舗を手がけてくれました。まるで、すべてが「成功の第一原理」のように自然に動き始めた感じです」。

時代に適応することを優先

 「そして70歳を目前に、JR九州へのM&Aの話が持ち上がりました」と萩原オーナーの声が強くなった。「私は今、この機会を“成長”より“安定”に使おうと決意しました。そう決めた背景には、従業員約700人とその家族の生活を守るという決意がありました」。さらに話は続く。「『自分の40年間に区切りをつける』と自問自答を繰り返してきました。その言葉の裏には、社員の方々の平穏を願う気持ちと感謝の気持ちがありました。時代の変化のなかで、自分の積み重ねてきたものに限界を感じていました。それまでの経験をふまえたうえでの、1つの大きな決断だったと思っています」。

 さらに続く。「私は自分の経営理念のなかに『時代に適応する』という根本となる経営信念を抱いてきました。時代の変化に合わせて会社のかたちも変えていくべきだと。自分が動くよりも、より大きな組織に任せたほうが安定する──そう確信したのです」。

「市場の現実に直面するなかで、当時の同業者たちは業態を変えることなく、店舗を増やし続け、最終的には消えていきました。無策過ぎたと今でも思っています。だからこそ、未来を見据えて、いつ変化の舵を切るか。それが経営者にとって何より大切な判断力だと思います」

経営理念の重要性、そして同志関係へ止揚

 次にホテル事業についても話を聞いた。

「実際にホテル建築のプロジェクトを依頼した際は、三者競争見積もりから始めました。最終的にお願いしたのが照栄建設(福岡市南区)です。決め手となったのは、金額やデザインではなく、営業に来られた部長・課長・課長代理の3人の方々から感じた、会社の『経営理念』でした。話しているなかで自然と伝わってくる空気感から、『この会社には芯がある』と感じました。そして、見せていただいた理念手帳には、年季が入って使い込まれた跡がありました。形式ではない、本当に理念を大切にしていると確信できた瞬間でした」

 「その案件が当社にとって初めて照栄建設さんとの店舗関係の依頼でした。それから計画からオープンまで約2年間、密にやり取りしながら進めてきたのですが、理念を裏切られたことは一度もありません。むしろ、仕事を共にするなかで、その誠実さを何度も実感しました。前向きで誠意があって、責任感がある照栄建設さんは本当に信頼できる会社です。私も初めて、決定の理由と感謝の気持ちを手紙につづり、お送りしました。すると社長から『こんな手紙をいただいたのは初めてです』と返事がきました」。このような照栄建設との関係を萩原氏は『同志関係に止揚した』と評する。

「JR九州とのM&Aもそうした信頼の延長線上にありました。仕事を通じて知り合った唐池さんや丸山さんなど、以前から親しくしていた方々が、うちの店をよく利用してくださっていたのです。だからまったく知らない企業と取引するという感覚ではありませんでした。そして、その方々に良い印象をもってもらえたのは、現場で働いてくれた従業員さんのおかげです。お客さまに丁寧な応対をしてくれたことで、信頼が生まれ、後々の関係構築につながったのでしょう。ほんの一度のサービスが、大きな信頼のきっかけになる。そう信じていますし、現場で日々頑張ってくれた従業員には心から感謝しています」

最後の総仕上げ・ホテル業

(株)綱屋 萩原正綱オーナー「現在のホテルは、家族で運営しています。建築を依頼した会社が、博多織を取り入れた文化的なデザインを提案してくれて、美野島地区の一角に立つ新たなランドマークになればと願って建てました。それが1つの喜びでもあります。

 客室は全19室。4人部屋、6人部屋、8人部屋の3タイプで、インバウンドと日本人が半々くらいの利用割合です。滞在型を想定していて、最近では丸ごと1週間予約する方も増えてきました。

 このホテルは食事付きではなく、キッチンや洗濯機を備えた“暮らすように滞在できる”スタイルです。それぞれのライフスタイルに合わせて柔軟に使っていただけます。なかにはこのホテルを拠点にして、鹿児島まで新幹線で一泊旅行をする人もおられます。荷物を置いたまま移動できるというのが好評です。とくに香港からの旅行者に人気で、平均滞在は三泊程度。また、帰省時にも便利に使ってもらっています。東京などから帰省する家族が増えると、実家が手狭になることもありますよね。そんなとき、ここを宿泊先に選んでくれる方が多いんです。」

 最後に萩原氏は次のように結んだ。

「今の時代に合った、自然体の運営。それが、私たちのスタイルです」

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