2024年05月08日( 水 )

ゼロックスの買収で既存株主に2,750億円払う富士フイルムHDの謎

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 富士フイルムホールディングス(HD)は1月31日、米事務機大手ゼロックスコーポレーション(以下ゼロックスと略)を買収すると発表した。アジアや太平洋に強い富士ゼロックスと欧米に強みをもつゼロックスを経営統合させることで、世界で事務機事業を展開する体制を整える。ペーパーレス化が進んでコピー機の需要減に苦しむ名門ゼロックスを、かつて技術支援を受けた富士フイルムが傘下に組み入れる。両社は明暗を分けた。

現金の流出を伴わずに買収するスキーム

 買収のスキームはこうだ。3つの取引を通じて行われる。

 第1段階は、富士ゼロックスが金融機関から資金6,710億円を借り入れる。その資金を元手に、富士フイルムHDがもつ発行済株式の75%を自己株式として取得、富士フイルムHDは、その対価として6,710億円を受け取る。この結果、富士ゼロックスの25%を保有していたゼロックスが、富士ゼロックスの株式を100%所有することになる。

 第2段階は、ゼロックスは、既存株主に2,500百万米ドル(日本円に換算して2,750億円相当)の特別配当を実施する。

 第3段階は、富士ゼロックスを子会社化した後のゼロックスは、富士フイルムHDを引受先とする第三者割当増資を実施し、富士フイルムHDは発行済株式の50.1%の株式を取得する。払い込み額は6,100百万米ドル(第1段階で受領した6,710億円に相当)。

 富士フイルムHDが富士ゼロックス株の売却で得た6,710億円は、第三者割当増資の実施後、ゼロックスまたはゼロックスの子会社(富士ゼロックスに出資)を通じて富士ゼロックスに資金拠出され、金融機関からの借入金の弁済に充当する。

 富士フイルムHDは現金の流出を伴わずに、ゼロックスを買収する。M&A(合併・買収)のプロが編み出した自慢の買収スキームである。

 今年7~9月に買収手続きを完了させる。経営統合後の新会社は富士ゼロックス(新富士ゼロックス)。新富士ゼロックスCEO(最高経営責任者)には、現ゼロックスCEOであるジェフ・ヤコブソン氏が就任する予定。

物いう株主たちに2,750億円の特別配当

 ゼロックスは1906年に創業。コピー機で世界をリードしたが、ペーパーレス化が進み、需要が伸び悩んで経営が悪化した。連結売上高は、2014年12月期が12,679百万米ドル、15年同期は11,465百万米ドル、16年同期は10,771百万米ドルと、3期に15%減った。当期純利益はそれぞれ1.029百万米ドル、848百万米ドル、616百万米ドルと、3期で40%減だ。1ドル110円で換算すると、売上高は約1兆1,800億円、純利益は約680億円の規模の会社だ。

 ゼロックス買収劇には、物いう株主の存在が大きい。米通信社ブルームバーグ(17年1月31日付)は、こう報じた。

〈米ゼロックスをめぐっては、筆頭株主で著名なカール・アイカーン氏と3位株主のダーウィン・ディーソン氏が連携し、(1月)22日にCEOの解任や戦略見直しを求める書簡を送付するなど経営陣に圧力を強めていた。両氏で計約15%ゼロックス株式を保有している。
富士フイルムの助野健児社長は「新富士ゼロックスの発展を詳細に説明すれば、すべての株主の賛同を得られると確信している」と楽観的な見方を示した。〉

 助野社長の楽観的な発言は、ゼロックスが既存の株主に対して2,500百万米ドルの特別配当を実施するからである。日本円に換算して2,750億円という巨額な特別配当である。

「コダック化」を恐れた大株主のシナリオ通り

 約15%の株式を保有しているアイカーン氏とディーソン氏は、ざっと計算して415億円のキャッシュを手にする。大金を弾むから、富士フイルムHDによるゼロックスの買収に反対しないでねということだ。

 米国メディアによると、アイカーン氏は、ゼロックスが、経営破綻したイーストマン・コダックの二の舞になることを懸念しているとされる。コダックは写真フイルムで一時代を築いた米国を代表する名門企業だったが、デジタルカメラの普及への対応が遅れ、12年1月に破産法(日本における民事再生法に相当)を申請した。

 コピー機は先進国を中心にペーパーレスの動きが加速し、成長が鈍化している。米ゼロックスがコダックにならない前に、米ゼロックスを富士フイルムに買収させようとしているというというわけだ。
アイカーン氏が描いたシナリオ通りに進んだ。しかも、既存の株主への還元策としとして大金が転がり込んできた。「物いう株主」の冥利に尽きると、さぞやご満悦だろう。

富士ゼロックスは1万人の人員削減

 富士ゼロックスが支払う代償は大きい。富士フイルムHDは1月31日、富士ゼロックスが国内外で1万人の人員削減、生産拠点の統廃合を行うことを柱とした構造改革策を発表した。人員削減で500億円のコスト削減効果を見込む。その費用計上などで、2018年3月期の連結決算の業績予想を修正した。

 売上高は2兆4,600億円の従来予想を据え置いた。本業の儲けを示す営業利益は従来の1,850億円から1,300億円に500億円引き下げた。構造改革費用などの一時費用が490億円見込まれることと、複写機事業の苦戦による。構造改革費用は3年間で計720億円を見込んでいる。

 最終利益は従来予想の1,250億円から1.400億円に引き上げた。投資有価証券の売却益490億円を計上するためだ。

 だが、ゼロックスの買収にはリスクがともなう。富士フイルムHDとゼロックスの16年度の売り上げは単純合算すると3.3兆円に達する。そのうちコピー機や複合機などの販売が3分の2を占める。新興国市場では需要は伸びているが、先進国ではペーパーレス化が進み需要減という深刻なリスクに直面することになるからだ。ゼロックスの買収は、富士フイルムHDにとって、吉と出るか凶と出るか。期待は半々といったところだ。

【森村 和男】

 

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