2024年04月27日( 土 )

中内ダイエーなくして、福岡がここまで発展することはなかった(1)

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 平成の時代30年が過ぎ去ろうとするなか『平成はいかなる時代だったか』という総括論議が活発になってきている。弊社としては『国際都市福岡へと発展させ貢献した経営者は誰か』に絞って議論を展開してきた。いろいろな角度から議論を踏まえてきたが、次の5名の経営者たちをリストアップした。
1人目はダイエー創業者・中内功氏である。1,780億円投資してホークスタウンを誕生させた功績が大であることは誰もが認めるところだ。2人目はJR九州の初代社長・石井幸孝氏を挙げる。上場したJR九州の元気さの源を耕した功労者だ。
 3人目は故人になったが、福岡銀行専務であった富重泰行氏を挙げる。同行の幹部で地元オーナー経営者たちに薫陶役を担った人は富重氏を除いてほかにはいない。4人目はアビスパの再建に注力しているAPAMANの大村浩次社長である。本社を東京に移したが、故郷に恩返しする気持ちは絶大なものを持っている。
 そして最後を締める5人目は福岡地所・榎本一彦氏である。この5名の功績を順次紹介していく。まずトップバッターは中内功氏から始めよう。


 

元ダイエー福岡3点事業専務取締役 大西 義威 氏

 1988年9月、中内功・(株)ダイエー代表取締役社長は南海電鉄からプロ野球球団の南海ホークスを買収すると発表、本拠地を「福岡に球団を!」という市民の熱望に応え、福岡に置くことを決めた。併せて、福岡にダイエーの本業であるショッピングセンターを中心に、球場やホテルを備えた新しい顔、ホークスタウンをつくるために、総事業費1,780億円の金を投資した。今福岡の経済界で事業家・革命家としての中内功氏をもう一度見直そうとする動きがある。中内功氏なくしては、現在の『福岡ソフトバンクホークス』、『ヒルトン福岡シーホーク』、『福岡ヤフオクドーム』は影もかたちもなかったからにほかならない。
 戦後という時代が生んだ寵児であり、巨象であった中内功氏の全容を一度に捉えることは難しい。さまざまな角度から光を充てることが必要である。元ダイエー福岡3点事業(球団、ドーム、ホテル)の専務取締役の大西義威氏に話を聞いた。

凄い人だというのが中内に対する最初の印象です

 ――お忙しい中、お時間を賜りありがとうございます。本日は、中内功氏と福岡3点事業について色々とお聞きしたいと思います。まずは大西さんと中内功氏との出会いから教えていただけますか。

 大西義威氏(以下、大西) 私は中内の近くにいましたが側近ではありません。側近といわれる方は、私より一世代上の方です。私はダイエーが急成長していた1973年に入社しました。入社後、店舗を3年経験して、本社総合企画室に勤務していた時、慶応ビジネススクール(MBA)への国内留学を許可されました。その面接試験の時に初めて中内と1対1で対峙しました。当時のダイエーの社内留学制度は事前に大学院を受験させ、合格者の中から中内が面接、派遣先を決めていました。

 面接当日の順番は最後の方でした。先に面接を終わった者は口々に「楽勝」と言って部屋を出てきました。私は安心して入室しました。面接は事前に提出していた小論文について行われました。私の小論文のテーマは当時としては最先端の「POS(販売時点情報管理)システムの導入」に関するものでした。中内は新しいPOSという言葉に興味をもったのか、「何の役に立つのか」「どのように導入していくのか」など質問が矢継ぎ早に飛んできました。1つ質問に答えると、反論が10飛んでくる有様でした。余りの勢いに一瞬答えに詰まってしまったことを思い出します。しかも、その質問、反論がすべて、本質を突くものだったのです。「凄い人だ」というのが中内に対する私の最初の印象です。

総事業費4,900億円で事業計画書を書きました

 ――MBAを取得された後、大西さんは本社事業企画室、経営企画、社長室副室長(業務部門)など本社の経営中枢部門を歩まれます。福岡3点事業に関しても、事業計画書を書いたのは大西さんと聞いています。当初の事業計画の総事業費は4,900億円だったというのは本当ですか。

 大西 私は福岡3点事業に関しては、途中直接的な所属は離れますが、企画・計画段階から、ダイエーが事業を離れるまで、一貫して見続けた数少ない人間の1人だと思います。

 福岡3点事業は、私が事業企画本部時代の1990年に土地を取得(アジア太平洋博覧会「よかトピア」の跡地)、コンサルタントの協力のもと、総事業費4,900億円で事業計画書を書きました。総事業費4,900億円の内訳は、「福岡ドーム」「ホテル」そして、ドームの反対側につくる計画をしていた「巨大ドーム」です。巨大ドームは、全天候型のショッピングセンター、動物園、植物園、博物館、映画館などで構成されていました。言わば、全天候型の街のようなイメージでした。現在も見られない、中内独特の凄い発想でした。
 結果的に、総事業費は、一期工事(「福岡ドーム」)と二期工事(「ホテル」)で約1,500億円、空き地開発(「ショッピングモール」)に280億円の1,780億円となりました。

(つづく)
【金木 亮憲】

※5月2日掲載の記事を再掲載しています

 
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