2024年05月06日( 月 )

日本は周辺国家の「液状化」に飲み込まれる?! 政府与党は将来の国家像示せず(前)

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 シンガポールでの米朝首脳会談(6月12日)が終わってから、2カ月近く経った。核武装による戦略的勝利を目指した北朝鮮の思惑通りに進んでいるかのような情勢だ。東アジアには安定的な地盤が失われ、「液状化現象」が進んでいる。自民党総裁選は実質的に、今後3年間の「日本のリーダー」を決める。候補者たちは将来の日本国家像を示せないまま、国民は酷暑にあえいでいる状態だ。

恐怖後の『希望』

 米朝首脳会談では、米朝どちらが大きく譲歩したのか。
 会談後の推移を見るならば、明らかに米国側である。金正恩・習近平ラインの勝利に終わったというしかない。米側は金正恩の「のらりくらり戦術」に手こずっており、平壌に乗り込んだポンペオ米国長官は、さしたる成果もなしに帰国した。
 この結果を予見していた研究者がいる。京都大学教授の中西寛氏(国際政治学)だ。
 彼は、毎日新聞朝刊(4月29日)のコラム「時代の風」で、「恐怖後の『希望』に警戒を」と論じた。主要な論点を改めて以下に紹介する。
 (1)「板門店宣言」は過去に南北間で結ばれた合意を再構成したものだ。
 (2)非核化については、具体的な言及はなく、期限も手順も明確にされなかった。
 (3)米国が軍事オプションに訴えるのは、極めて困難となった。
 (4)今回の首脳会談は、昨年は戦争瀬戸際の恐怖を演出し、今年は元旦から平和攻勢に転じた金正恩外交の勝利と言ってよいだろう。
 シンガポールでの米朝首脳会談も、この見通しの延長線上で終わった。
 中西氏は来年が天安門事件30周年であることを指摘し、習近平体制がむしろ独裁体制を強化しているように、朝鮮半島が構造変化しても、それが西側の勝利となる幻想を抱いてはならないと戒めていた。板門店会談による南北コリアの融和は、自由と人権を擁護する勢力にとって逆流になる可能性を、指摘していたのである。
 中西氏の論稿は米朝首脳会談前に、本欄で紹介していたが、彼がほぼ予測した通りの展開になった。
 「自由と人権を擁護する勢力」の停滞。これが米朝首脳会談後、明確になった東アジアの潮流(トレンド)である。
 この情勢に警鐘を鳴らしているのは、意外にも、NHKの国際報道部門だ。7月22日夜のNHKスペシャルは「中国“法治”社会の現実」と題して、中国政府の人権弁護士たちに対する弾圧と恫喝の政策にメスを入れた。
 経済成長とともに人々の権利意識が高まる中国で、習近平指導部は共産党支配に悪影響を与えると見なした人々への締め付けを強化している。番組では人権問題に取り組んできた弁護士が2年間にわたって拘束され、家族の面会も許されない現状を迫真の映像とともにレポートした。
 また、先だってのNHK-BS1は、ウイグルでの大量拘束の事態を報道した。東アジアの周辺情勢が「流動化」するなかで、不動の情報アンテナとしての機能をはたしていると氷解できるのだ。

(つづく)

<プロフィール>
shimokawa下川 正晴(しもかわ・まさはる)
1949年鹿児島県生まれ。毎日新聞ソウル、バンコク支局長、論説委員、韓国外国語大学客員教授、大分県立芸術文化短大教授(マスメディア、現代韓国論)を歴任。現在、著述業(コリア、台湾、近現代日本史、映画など)。最新作は「忘却の引揚げ史〜泉靖一と二日市保養所」(弦書房、2017)。

(後)

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