2024年04月28日( 日 )

すべての事件の原点は日馬富士暴行傷害事件から(4)

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青沼隆郎の法律講座 第15回

二回目の切腹

 愛弟子が暴行事件を引き起こした。暴行の理由も程度も日馬富士事件とはくらべものにならないくらいの軽微なものだったが、愛弟子は契約解除、すなわち、処分としては最重責の廃業という憂き目に直面した。
 まことしやかに廃業処分が流布された。そこで貴乃花親方は一切の立場を捨て、愛弟子の廃業処分を回避した。すべての理事の地位を失い、親方としては最下位の平親方の地位に降格するとともに、告発状の取り下げを公表した。有名な一兵卒宣言である。
一世を風靡し、不世出の大横綱との誉れも高い貴乃花親方は文字通り一兵卒として、協会業務に専念した。

しかけられた罠と三回目の切腹

 貴乃花親方に残された地位は終身の一代限りの貴乃花年寄名跡と、貴乃花部屋を運営する親方の地位だけである。
 貴乃花親方の日馬富士事件と報告義務違反を理由とする理事降格処分に対する不満は、告発状の取り下げによって、本心はともかく、深く心のなかにしまわれた。日々、一兵卒として審判部の業務に精励し、弟子の育成指導に専念していたことに疑いはない。
 この日常が突然激変したのが、協会の事件の蒸し返しとも思える告発状の事実無根強制騒動である。
 貴乃花親方は報道記者の「どうして協会は今頃、告発状の内容が事実無根であるとすることにこだわっていると思いますか」との質問に、素直に「まったく自分も意味がわかりません」と応答していた。
 協会は、一方で告発状の内容について外部弁護士の応援を得ての事実無根自認の要求をし、他方で、巧妙に証拠を残さず、いつでも全否定できる方法で、事実無根を自認しなければ、どこの一門にも所属できないと非公式に伝え、廃業か自認かの二者択一を迫った。
 そして、貴乃花親方が選択したのは、これまた法匪らの予想を超えたものだった。生活の糧の根拠となる年寄名跡の返上だった。これで、告発状の内容が事実無根であるとの言質を貴乃花親方から取得するのは永久に不可能となった。経済的に脅せば、簡単に事実無根の自認が取れるとの浅薄な罠であり、貴乃花親方の相撲道の何たるかをまったく理解できなかった結果である。これは外形上、愛弟子のための見事な切腹である。
 思うに、告発状の提出こそ、貴乃花親方の相撲道の勝利だった。真実を絶対に曲げない貴乃花親方の信念の勝利である。

 公益財団法人は毎事業年度の終了後、直ちに業務報告書を提出しなければならない。それには監事の業務適正証明宣言である監査報告書も添付が義務付けられている。
 貴乃花親方の理事降格処分も理事会・および評議員会の業務であり、貴乃花親方の理事としての業務遂行に不正違法行為があったことを理由とする処分であるから、それが具体的に記述されたものでなければならない。その場合、具体的に理事会・評議員会の処分手続の法的瑕疵を指摘した告発状の存在は決定的に重大な対比資料となる。告発状が指摘した違法手続が存在しないことが、監督官庁の責任業務だからである。告発状はいったん取り下げられたが、取り下げに、告発事実自体が存在しないという意味はない。貴乃花親方は、その相撲道精神から再度の告発をすることはないが、法的には再度の告発をすることは何ら問題ない。

 最も可能性があることで、監督官庁が危惧していることは、事件が訴訟で争われることである。
 日馬富士の暴行傷害の加害責任に関する民事賠償責任として、協会の使用者責任、所属力士の管理監督責任がある。国は協会の管理監督責任者であるから、国も共同被告の地位に立つ可能性が否定できない。日馬富士が出国して日本にいなくなれば貴ノ岩の被害回復の相手は協会が全面的に矢面に立つが、国も協会の管理監督者として一層、共同被告とされるだろう。
 このような関係が背後にあるにもかかわらず、再び、協会は違法行為を犯した。協会はいかなる正当な、合理的理由があって、外部の弁護士事務所に告発状の告発事実の真偽性について公金を支出して鑑定意見書を作成させたのか。あきらかな公金の不正支出である。
 かくして、国民はなぜ、協会(理事会)が告発状の告発事実の真偽に拘るかの真の理由を知ることになる。貴乃花親方の残した相撲道精神の軌跡が、理事会、評議員会、そして法匪らの不正行為を弾劾する結果として顕在化したものといえる。
 “天網恢恢疎にして漏らさず”

(了)

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)

福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

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