2024年03月29日( 金 )

日馬富士裁判で学ぶ日本の法律(1)

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青沼隆郎の法律講座 第17回

 個別具体的事件で、示談交渉・調停・提訴という経過がこれほど詳細に報道されることは後にも先にも日馬富士暴行事件の民事裁判(以下、日馬富士裁判という)以外にはない。

 それは、原因事実そのものが、大きく報道され、国民がよく知っているという特殊な事情があるからだ。この事件だけで日本の法律を学ぶことができるといっても過言ではない。

 法律的に表現すれば、最初は公益財団法人における業務執行とその管理監督の問題、とくに会員力士の刑事犯罪に関する関係者の法的責任義務の問題、それに関する、内部処分の適法性の問題、つまり理事の解任問題(事件)がある。

 以上が、主に公益財団法が関係する法律事実である。公益財団法人法は株式会社法とはその法原理が根本的に異なる。しかし、現実の国民の団体法についての知識は、株式会社法を漠然と知っているという程度である。
さらに、事実関係・真実そのものが隠蔽されたまま暴行傷害事件の民事争訟が同時進行している、という極めて特異な事情のため、日本の法律、法制度の根幹に関わる現象が顕在化している。特異性が本質を示すという現象である。

加害者からの示談の申込

 示談の申込時期が極めて異常である。通常、示談は損害が確定し、被害者側が損害の請求を表示してから開始可能である。本件のような加害者からの異常なタイミングでの示談申込は戦略的な意味しかない。一言でいえば、世間に対して、加害者としての誠実さをアピールすることを重視しているのである。しかし、本件ではそれ以上に極めて特殊な事情がある。それが、刑事処分手続の先行決着である。加害者側にとって極めて有利と思われる軽い刑事処分の結果が出たため、それを基本に民事賠償問題も有利な早期決着を企図したものである。

 以上のように、刑事処分が極めて軽微な結果となった事情、これもまた、本件事件の特異性の1つである。この事情こそ、公益財団法人の業務執行における極めて悪質かつ不当違法な手続の成果であった。すべての不当違法事実が最初からあざなえる縄のごとく絡み合ったのが本件の事実の総体である。
 この刑事処分の成果を反映したものが、示談交渉における加害者側の30万円という極端に低い提示額である。しかし、この加害者の主張は訴訟段階ではまったく意味がなくなる。
 それが、不法行為裁判における立証責任の法理である。訴訟段階では、この加害者の主張そのものが争点とならないのである。
 裁判の主題は、「原告の主張は正しいか」であって、「被告の反証は正しいか」ではない。
 もっとも、この説明ではむしろ、混乱するだけであるから、さらに詳論する。

(つづく)

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)

福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

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