2024年04月18日( 木 )

検察の冒険「日産ゴーン事件」(10)

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青沼隆郎の法律講座 第20回

不思議な国―日本

 著名な上場企業の有価証券報告書に「重要な事項」の「虚偽記載」があれば、この世の中はどうなるか。しかも、それは累計百億円に達する「確定した役員報酬」の隠蔽という。

 役員報酬は例外的な形態以外は原則「損金不算入」であり、件の企業の決算書は直ちに訂正しなければ、誤った利益計算による株式配当が行われていたのであるから大変である。

 しかし不思議なことに金融商品取引法に基づく、監督官庁による虚偽記載の訂正命令の動きはまったくない。これでは株主は疑心暗鬼で右往左往してしまうだろう。速やかに適正適法な企業会計が行われなければ、株式市場そのものが信用を失墜し、取引が成立しなくなる。株主代表訴訟の乱立も予想され、監督官庁は早急に混乱の収拾と善後策の表明が要求される。

 思えば、多年にわたり企業会計の専門家集団(公認会計士や証券取引監視委員会の専門スタッフ)が見逃していた巨額の「将来に支払われる確定した役員報酬」を、検察官は実にいとも簡単に「司法取引」の手法を用いて暴き立てた。この話は本当だろうか。

 金融監督当局は検察の指摘にも拘わらず、有価証券報告書に「重要な事項の虚偽記載」があったとして、金商法規定の是正命令を初めとする必要な措置・処分をしないであろう。 それはゴーンらが公訴を提起され裁判が開始し、詳細な情報が公開されても変わらない。

 なぜか。検察は隠蔽されていた「確定した将来の役員報酬」を発見し、それが有価証券報告書に記載されず隠蔽されていたから虚偽記載罪として検挙したものと思っているが、企業会計の専門家から見れば、検察はゴーンらの「白日夢」を断罪したに過ぎないと考えているからである。今後も検察の主張に賛同する公認会計士は現れることはない。

 つまり、「隠蔽された」「確定した将来の役員報酬」なるものが、そもそも企業会計上には存在しない概念だからである。法的に論理的に実在性のない「確定した役員報酬」であるから、有価証券報告書に記載するいわれもなく、虚偽表示となることもない。結局、検察はゴーンらが隠密に描いた「白日夢」を摘発したのである。

有価証券報告書に記載されるべき「確定した役員報酬」

 有価証券報告書に記載された役員報酬が正当なものであるか否かの判断は、期末の決算として取締役会が承認した決算書の記載内容と照合して行う。期首に支払予定(予算)として計上された役員報酬を期首の取締役会で承認しており、決算書の記載もこの照合が当然行われている。ただ、利益連動型役員報酬として、ゴーンは株主総会が議決した報酬総額の枠内で一定の決定権限があるとされる。しかし、それとて、決定権を行使し、具体的な報酬の支払いとなってこそ決算書に記載され取締役会が承認できる。決定が取締役会に報告され取締役会の承認を得なければ、適法な取締役報酬の支払いとはならないし、法的には取締役報酬は存在しない。これが多年、多数の公認会計士が有価証券報告書の取締役報酬に虚偽記載がないと判断してきた理由である。

 わかり易くいえば、取締役会の知らない役員報酬などこの世に存在せず、当事者が勝手に役員報酬と名付けても、所詮それは欲ボケ「白日夢」のなかでのこととなる。

(つづく)

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)

福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

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