2024年04月26日( 金 )

検察の冒険「日産ゴーン事件」(17)

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青沼隆郎の法律講座 第20回

ゴーン事件冤罪論~構造的類似性

(1)戦後多発した冤罪
 戦後多発した日本の冤罪事件の構造の1つが、第一審国選弁護人の有罪承認による情状弁護の事実がある。これに一層、被告人の有罪を決定づけたのが、刑事裁判の構造である。

 国民は裁判を三審制と理解しているが、それは裁判所建物が3種類あるという意味くらいしかない。刑事裁判の手続法である刑事訴訟法の規定では上訴審は事後審制として規定されている。

 事後審制とは、控訴審では第一審で提示された証拠およびそれに対する認定と法的評価についてのみ審理するということである。従って、弁護人が検察の有罪の主張自体を争わず、情状弁護に終始すれば、検察が不都合として証拠提出しなかった被告人に有利な証拠は、もともと裁判所に提出されないのだから、冤罪は不可避である。さらに上告審は原則として事実審理はしない。結局、日本の刑事裁判は事実審理(事実認定)に関する限り、一審制である。

 ちなみに民事裁判は続審制で、控訴審の弁論終結時まで新たな証拠の提出も新たな主張も許される。上告審は原則として事実審理をしない(事実誤認は上告理由とならない)から、事実審理は2審制である。ただし、実務ではよほどのことがない限り、控訴審での新たな証拠調べを認めないから、運用において、やはり一審制である。

(2)ゴーン事件における司法取引
 今般の刑事訴訟法の一部改正によって導入された日本の司法取引法では、司法取引は弁護人の同意が必要である(法350条の3)。

 ゴーン事件では司法取引により検察は事件の証拠を入手したとされるが、現に2名の実名被疑者の報道と2名の弁護人の実名報道がなされており、以下は司法取引が真実存在したとの前提で議論する。

 司法取引に同意した弁護人は検察の有罪認定に合意したことを意味する。これは基本的に弁護人が無罪推定の下、依頼者たる被疑者の権利を守る弁護士としての義務に違反する恐れが極めて高い。

 筆者は「弁護士は裁判で、明かに有罪の証拠がある被告人について、あえて無罪の弁論をすることは弁護士の真実義務に反するのではないか」という弁護士倫理に関する議論で、ある弁護士が「弁護士は個人的に有罪の心証をもっても、依頼者たる被告人が無罪の主張をする限り、その意にそって弁論するのが受任者としての弁護士の義務である」と説明した事実を体験している。つまり、弁護士は法廷では個人的な心証を捨て、依頼者たる被告人を守るのが職務義務であることになる。そうであれば、裁判以前の取調・捜査段階で、検察官の有罪主張・認定に合意するなど、明らかに代理人委任契約に反しかつ、弁護士倫理に違反する。これは正に、国選弁護人が有罪を認め情状弁護に終始した戦後の冤罪事件と構造的には瓜2つである。

 問題は代理人選任過程にある。報道によれば、同意した弁護人はヤメ検弁護士という。
 ヤメ検弁護士の刑事弁護は情状弁護が多いとされる。本来、ガチンコ対決となる法律家同士である検察官と被疑者・被告人代理人弁護士が、昔の職場の先輩後輩である関係は、法的にはまったく問題がないとしても、本当に被疑者・被告人の権利保護に十全といえるのか。

 協力者2名が心底、自らの罪を自覚しているのであれば、それは自首することで十分な減刑が得られる。弁護人としては自首を勧めることで十分である。

 筆者は法に疎い国民は民事上の職務義務違反と刑罰法に抵触する犯罪構成要件該当性の認識・違法性の認識の区別はできないと考えている。「何か悪いことをしている」との認識はあっても、それが民事上の契約違反(単なる職務義務違反)か、金融商品取引法上の刑罰法規違反かの区別までは無理である。この被疑者の判断力の不足を補い、被疑者に正しい法的判断を可能にすることが何よりも受任者弁護士の義務である。

 筆者には本件事件の罪名が有価証券報告書の重要な事項についての虚偽記載の罪であることから、それが、取締役のみが主犯となり得る「身分犯」と理解できる。

 従って、非身分者が同罪に問われる場合は共犯としての幇助犯か教唆犯である。しかし、現実の有価証券報告書の役員報酬の欄に「将来受け取る役員報酬」を記載しないようにゴーンらに命令され、それを記載しなかった場合、それが2名の協力被疑者による虚偽記載罪の幇助犯といえるためには、これら2名に幇助の故意が必要である。単に命令に従っただけで、その法的意味(前述の民事的義務違反ではなく、犯罪要件該当性としての違法性)を理解していない場合、単なる「道具」であり、ゴーンらの間接正犯のみが成立する。     

 そして幇助の故意とは、自らの行為が結果として(ゴーンらの)虚偽記載罪となることを認識していることであるから、まず、取締役会により承認された予算書や決算書に記載があることを知っていることが前提となる。予算書や決算書に記載されていない役員報酬は、法的には存在しないため、正当な支払がなされない。記載されていない以上、将来の受取もない。当然、有価証券報告書に記載しなくても罪とならない。

 本件では予算書・決算書に、そもそも「将来うけとる役員報酬」の記載がないのであるから有価証券報告書に記載がなくても犯罪とはならない。幇助犯はそもそも成立しない。

 検察が主張・立証すべきは取締役会に承認された予算書・決算書に記載された(法的効果の確定)「将来の」役員報酬が、有価証券報告書に記載されていないこと、それが、故意になされたこと、それが株主や投資家の投資行為の判断に重要な影響を与える「重要な事項」であることなどである。
法的効果が確定的に発生していないにもかかわらず、検察が「確定した」「将来に支払われる役員報酬」と主張すること自体が根拠を欠き理解不能である。

 筆者は「有価証券報告書の重要な事項についての虚偽記載の罪」が以上の理由によって成立しないと考えるものであるから、なお一層、弁護人が検察官の主張に同意して、司法取引の合意をしたこと(2名の幇助犯罪の承認)自体が理解できない。報道記者も同じであろうから、これら2名の協力被疑者と合意弁護人への取材は不可避である。

(つづく)

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)

福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

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