2024年04月20日( 土 )

海外水ビジネス市場で「チーム北九州」に勝機はあるのか?

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 2018年度の下半期、北九州ウォーターサービス(株)(本社:北九州市小倉北区、富増健次社長、以下、KWS)が関わる海外案件に動きがあった。パプアニューギニアのポートモレスビー市で、大日本土木・日立製作所JVが受注していた下水処理場が完成。ベトナムのハイフォン市では、アンズオン浄水場改善計画事業が着工した。KWSは、ポートモレスビー案件では、日立製作所からO&M業務を受託。ハイフォン案件では、(株)NJSコンサルタンツ(NJSC)とのJVでコンサルティング業務を受託している。いずれもODA絡みだが、KWSには、これらの実績を基に、今後のビジネス案件受注につなげたい思惑がある。海外水メジャーなどを相手に回す海外水ビジネス市場で、「チーム北九州」に勝機はあるのか。KWSの海外水ビジネス案件をめぐる動き、課題などについてまとめた。

「技術協力」から「ビジネス」への転換

 北九州ウォーターサービス(株)(以下、KWS)は、北九州市上下水道局を始め、(株)安川電機、メタウォーター(株)など公民7者が出資し、2016年4月から営業を開始した同市の第三セクターだ。上下水道施設のO&M業務、水道事業の包括事務、海外水ビジネスのコンサルティング業務などを手がけている。KWSには、福岡県内外の民間150社が参加する同市海外水ビジネス推進協議会の事務局が置かれている。

 北九州市では20年ほど前から、厚生労働省などの依頼を受け、JICAの技術協力事業プロジェクトなどを通じて、インドネシアやカンボジア、エジプト、中国(大連市)、ベトナム、ミャンマーに職員を派遣し、上下水道事業分野での「技術協力」という位置付けで、活動を展開してきた経緯がある。水道分野の海外技術協力を主導したのは、元同市水道局長の森一政・同協議会顧問。同市海外ビジネスのフィクサー的な人物だ。

 「当初の海外技術協力は、水道局の人材育成が目的で、国際貢献は二の次だった」(森氏)と振り返る。それがなぜ、現在に続く海外水ビジネスに転換したのか。そこには、日本のODA案件における「日本不在」という問題があった。

 日本のODA案件は、日本の「金」と「技術」で現地にインフラをつくるが、その後の長期的なメンテナンスなどについては、日本はノータッチで現地にお任せ。基本的に「最初につくって終わり」のパターンをたどっている。“メイドインジャパン”の高スペックなインフラができたは良いが、現地でパーツを調達できず、壊れたまま放置されたり、中国のメーカーなどからパーツを調達し、何とか施設運用するケースが横行していた。

 あるとき森氏は、日本のODAでつくった現地施設で、中国やシンガポールの製品が使われているのを目にした。「なぜ日本製の部品を使わないのか」と現地の人間に詰問すると、「頼みたくても、日本の企業は現地にいないじゃないか」と返され、返答に窮した。「役所の人間が短期的に現地に行って、いくら援助してもダメだ。日本の民間企業が現地に残るビジネスにしなければならない」―。そこで森氏は、公民連携による海外水ビジネスの「チーム北九州」のプラットフォームづくりに動き出す。

 森氏の尽力の結果、同協議会が設立されたのは10年8月。初代会長には新日鐵出身の竹澤靖之・北九州商工会議所副会頭(当時)、森氏は副会長に就いた。市内外の民間企業57社が参加するなか、公民連携による東南アジアなど海外水ビジネス案件形成に向け、調査検討、情報交換のプラットフォームを構築した。「チーム北九州」の誕生だ。

 当初、協議会事務局は(財)北九州上下水道協会内に置かれたが、KWSへの事業譲渡が行われた際、事務局もKWS内に移った。現在の会長はKWSの富増健次社長で、副会長には北九州市上下水道局の有田仁志局長が就いている。18年12月時点の会員企業数は150社となっている。

下水処理場O&M業務などに社員派遣

ポートモレスビー市の下水処理場(写真提供:KWS)

 18年11月に完成したパプアニューギニアのポートモレスビー市の下水処理場建設は、日本の有償資金協力の新スキーム「本邦技術活用条件(STEP)」の採択案件であり、上下水道関連では初めてとなる。受注は大日本土木・日立製作所のJVで、金額は約133億円。KWSは18年6月から、日立製作所からの依頼を受け、下水処理場などのO&M指導を始め、水質分析や汚泥脱水に係る技術指導などを行うため、KWS社員3名を現地に派遣している。

 ポートモレスビー市の人口は約29万人。同市沿岸部には下水処理場がなく、長年にわたり生活排水などは海に垂れ流しになっていたが、サンゴ礁などがあるラグーン(水深の浅い水域)の水質が悪化。住民の生活環境にも悪影響が出ていた。JICAは、有償資金協力事業のSTEP案件として、09年にポートモレスビー下水道整備事業を同国と締結。現地での下水処理場建設プロジェクトが動き出した。

 下水処理方式には「オキシデーションディッチ法」を採用。処理能力は日量1万8,400m3で、沿岸部の約12万人(42年想定)を対象とする。処理場建設のほか、ポンプ場の新設(4カ所)、下水道管の敷設(幹線12.4km、枝線13.1km)、海中放流管の敷設(1.6km)、アクセス道路の建設(1.2km)も行った。

ベトナムでの浄水場建設に参画

 18年10月、ベトナムのハイフォン市では、アンズオン浄水場改善計画事業(処理能力日量10万m3)のキックオフ会議が行われた。浄水処理方式には、北九州市が独自に開発した高度浄水処理「U-BCF」(上向流式生物接触ろ過)を採用。受注したのは、山九(株)と神鋼環境ソリューションのJV。受注金額は約20億円。KWSは、(株)NJSコンサルタンツとJVを組み、浄水場建設のコンサルティング業務を請け負う。

今年5月に開かれた北九州海外ビジネス推進協議会総会
挨拶するのは北橋健治・北九州市長

 ハイフォン市は、人口約170万人のベトナム第3の港湾都市。北九州市と姉妹都市の関係にある。同市最大規模のアンズオン浄水場では、急速ろ過処理で水道水を供給していたが、生活排水などにより水源河川の水質が悪化。安定した水道水質の確保が課題になっていた。

 JICAは16年2月、浄水処理能力の向上を目的に、U-BCFなどを建設する「ハイフォン市アンズオン浄水場改善計画」を対象とした無償資金協力の贈与契約を締結。同年5月、NJSCとKWSのJVはハイフォン市とコンサルティング業務(詳細設計、工事入札事務、工事施工監理、竣工時の運転・維持管理指導)を契約。受注金額は約1.5億円。北九州市がもつU-BCFの建設・運転・維持管理ノウハウや、ハイフォン市内で行ってきた実証実験結果などを基に、本事業の完成に向けたコンサルティングサービスを提供している。

 高度浄水処理とは、一般的な浄水処理(凝集・沈殿・ろ過)方式に、活性炭処理、オゾン処理、生物処理などのプロセスを加えたものを意味する。都市部など比較的原水水質が悪い地域での採用事例が多く、カビ臭やトリハロメタンなどを除去できる。

 U-BCFは生物処理に属し、微生物をろ材(粒状活性炭)の表面に生息させ、この微生物の作用によってアンモニア態窒素、マンガン、有機物およびカビ臭などを除去するもの。ほかの高度浄水処理方式に比べ、低コスト、省スペースで済むというメリットがあり、北九州市の基幹浄水場である本城浄水場と穴生浄水場で稼働している。

 ハイフォン市でのU-BCFの採用は、ビンバオ浄水場(処理能力5,000m3/日)についで2例目。ビンバオU-BCFの事業費は約5,000万円(ハイフォン市の自己資金)で、そのうち、約50%の事業費(土木工事)をハイフォン市内企業が受注し、残り50%の事業費(U-BCF本体および電気機械工事)を「KOBELCO Eco-solutions Vietnam」(神鋼環境ソリューションのベトナム現地法人)が受注。北九州市上下水道局が技術アドバイザーに就き、事業が進められた。13年12月に竣工、同月から供用開始している。

日本企業シェアはわずか0.4%

 経済産業省の資料によれば、15年時点の世界の水ビジネス市場規模は、約83.3兆円(1ドル=120円換算)と試算されており、20年には約100兆円まで拡大すると予想されている。市場における日本企業の実績(13年度)を見ると、わずか2,463億円(全体の0.4%)に過ぎない。分野別で最もシェアの高い海水淡水化で見ても、4.6%に止まる。東アジア・太平洋地域の市場規模(15年時点)は、約27.5兆円(全体の約33%)ある。シェアが軒並み1%以下に止まるほかの地域に比べ、日本企業のシェアは大きいが、それでも1.2%止まりだ。日本企業は、水メジャー、振興企業に大きく遅れをとっている。

 日本企業が海外案件を受注するパターン(入札事前資格を取得する)は、3つに類型化(同省資料より)される。(1)「海外企業とJVを設立する」。例として、モルディブの上下水道会社への出資(日立製作所)などがある。(2)「海外企業買収」。例として、チリの上下水道会社の買収(丸紅など)など。そして、(3)「自治体との連携や自治体の事業参画」。例として、ミャンマーの漏水対策事業(東京水道サービスなど共同事業会社)など―となっている。KWSのビジネスモデルは、(3)に分類される。

KWS社員(中央)と現地カウンターパート(写真提供:KWS)

「周回遅れの」日本の海外水ビジネス

 「日本が海外水ビジネス?もうとっくに周回遅れだ。うまくいくわけがない」―。10年ほど前、水道業界の大手メーカーのトップが、筆者に語った言葉だ。折しも、当時は経済産業省主導で「日本も海外水ビジネスに打って出よう!」と盛り上がりを見せていたころであり、その吐き捨てるような言いっぷりに、正直なところ驚きを隠せなかった覚えがある。だが今となっては、その言葉がいかに正しかったかを思い知らされるばかりだ。

 KWSを始めとした日本勢に今後、勝ち目が出るのかどうか、その疑念は拭えない。主導してきたはずの経済産業省も「日本では大規模プレーヤーが育っていない」「そのプレゼンスは極めて低い」という“お寒い”現状認識を公表している。「本当の海外水ビジネス」への道のりは、いまだ遠い。

【大石 恭正】

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