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2019年01月28日 08:55

建物の「美」と「健康」を極めることで、100年後は世界にその名を轟かせたい(前) 時代を紡ぐ企業110社 

日本ビルケア (株)

サラリーマンから突然の転身

自ら開発した工法が成長の源になっている

 「社長になりたくてなったわけではないんです」。笑顔でそう語るのは日本ビルケア(株)の代表取締役・山田秀樹氏だ。事務所ビルや商用ビルを中心に高度な技術力を駆使した建物の維持保全業務を手がけるが、自身も一級建築士、一級施工管理技士の技術を有し、その先陣に立つ。

 さて、社長になりたかったわけではないとはどういうことか。同氏に経歴をうかがうと、福岡地場のゼネコンに勤めた後にビルメンテナンスの分野で名高い日本ビソー(株)に転職。事業部長として幾多の重責を担った後に再び福岡に戻り、ゼネコン時代の上司が起こした小さな会社を手伝うことになるが、その経営方針に口出しが過ぎてクビになったのだという。

 「世間知らずで若かったんですね。ただ会社の将来を考えると黙っていられなかったんです。頼まれもしない周到な経営計画書を勝手につくり上げ、自分の意見を真っ向から突きつけてしまったことが、社長の逆鱗にふれてしまいました」とすまなそうに語る。

 でも、面白いのはそこからだ。クビを言い渡されてまず頭に浮かんだのは、その会社で新事業部を立ち上げるために呼び寄せていた仲間たちの行く末である。彼らも同罪ということで一緒に放逐されてしまったからだ。みんな自分を信じてきてくれたのだから、無責任なことはできない。そこで、かつての直属の上司である前職場の社長を訪ね東京に飛び、せめて彼らのうちの誰かでも再就職をお願いできないかと相談すると「だったら、その事業計画そのままにお前が会社を起こせばいい」という話になった。まったく予想だにしなかった展開に戸惑いながらも、帰りの飛行機のなかで読んだのは、東京・八重洲の大きな本屋で買った『会社は3日でできる』という類いのマニュアル本だったというから愉快だ。

 「それまでの蓄えをすべて投じ、親類にも借金をし、21世紀とともに突然の船出です。事業計画書に思い描いた事業は、初年度から黒字という順風満帆のスタートでした。ただ、経営者として私はひどく未熟でしたね……」。

(つづく)

<COMPANY INFORMATION>
代 表:山田 秀樹
所在地:福岡市博多区神屋町4-5 KS神屋町ビル6F
設 立:2001年8月
資本金:2,000万円
TEL:092-263-0060
URL:http://n-builcare.jp

<プロフィール>
山田 秀樹(やまだ・ひでき)

 1958年9月16日生まれ。2001年8月に(有)日本ビルケア(現・日本ビルケア(株))を設立。トップ営業の実施や、自ら開発した工法の特許をもつなど、経営者の枠にとどまらない行動力を見せる。

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