2024年04月24日( 水 )

北九州市が斜面地の居住制限を検討 地価下落懸念も「理解できる」(後)

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高齢化や人口減少に直面している北九州市では、災害発生の危険性が高い一部の斜面住宅地について居住を制限する検討に入った。頻発する自然災害への対応という防災面の課題と、人口が減少するなかでの行政サービスの効率化という2つの課題に対応するのが狙い。こうした北九州市の新たな取り組みは、人口減少社会における都市再生の新たな手法となり得るのか――。


不動産価値下落の懸念

 「北九州市の場合、都市が成長する過程で斜面地にまで宅地が拡大していったのですが、その際にいわば“無理をして”開発を進めてきたという経緯があります。斜面住宅地の住民の方々も、若いうちは良かったのですが、段々と高齢化が進んでいき、日々の暮らしを送るうえで買い物が困難など、斜面地ならではの不便さも出てきています。一方で、新たな若い住民が増えておらず、まちの空洞化が進んでいます。このような将来的に人口が減少していくことが確実なエリアにおいては、今の市街地の規模を維持していくことが、はたして適切なのかどうか。日本の各地方都市が直面している人口減少下のまちづくりという喫緊の課題を解決するためには、あえて“まちをまとめていく”という考え方も、今後重要になってくるかもしれません。10年後にまちがどうなっていくかを考え、将来的なニーズも想定しながら都市のインフラ整備を進めていく時代になってきているのではないでしょうか」――そう話すのは、九州工業大学大学院・工学研究院の寺町賢一准教授。寺町准教授は18年12月20日に開催された専門小委員会での副委員長も務めており、交通工学・都市計画などを専門分野とするスペシャリストだ。

九州工業大学大学院・工学研究院 寺町賢一准教授

 一方で、寺町准教授は「今回の北九州市の取り組みは、防災対策と効率的な行政サービスの提供を考えた場合、ある意味、理に適っているといえますが、それでも住民の方々の所有する不動産の価値を毀損してしまう懸念があるため、住民の方々にきちんと正しい情報を伝えながら、皆のコンセンサスをとったうえで進めていくことが重要です」と指摘。市街化区域から、開発が制限される市街化調整区域へと“逆線引き”されることで、不動産価値が下落してしまう恐れがあるという。

 北九州市側も、「その点につきましても、住民の方々のご理解・ご了承をいただけるよう、丁寧に説明をさせていただきたいと思っております」(上村課長)とコメントするように、今回の見直しによって住民所有の不動産の価値が下落する懸念については認識している。そのため、市街化区域から市街化調整区域に変わることで都市計画税(課税標準額の0.3%)が免除されるなどの税制上の措置も含めて、周知を図っていくという。

 この点について、北九州市内のある不動産開発コンサルタント会社の経営者に話を聞くと、「斜面住宅地は交通の不便さや空き家・空き地が増加していることもあり、そもそもの不動産価値がそれほど高くありません。私も市内の不動産をいくつか取り扱っていますが、斜面住宅地の不動産売買が行われることはほとんどありませんし、ほかの不動産業者でもあまり積極的には取り扱っていないと思われます。現状、北九州市内では小倉北区の中心部や八幡西区の黒崎周辺などではマンションの開発が、戸建だと小倉南区内の東エリア――ちょうど苅田町方面にかけてのエリアでの開発が盛んな印象です。斜面住宅地だと宅地造成費などのコストがかさむこともあり、あまり人気はないですね」とコメント。斜面住宅地の不動産価値が下がる懸念はあるものの、その影響はそれほど大きくないのではないかという見解だ。

斜面住宅地の住民が抱く複雑な想い

 今回の北九州市の取り組みについて、実際に斜面住宅地に暮らす住民はどう思っているのだろうか――。

 「長年暮らしてきた場所ですので、今さらどこかに移ることは考えていません。私の住む家は、少し坂道を下れば近くにバス通りがありますので、ほかの場所に比べれば公共交通の不便さはそれほどでもありません。ただし、家のすぐ前の道路は車が通れないほど狭いため、もしも急病になったり火事などが起こったりした場合に、救急車も消防車もすぐには来られないのではないかという不安はあります。そのため、こうした場所から住民をなくしていこうという行政の考え方は理解できますし、長い目で見ると正しいとは思いますが、やはり寂しい気持ちも強いですね」(八幡東区在住・70代女性)。

 「以前は小倉北区の団地に暮らしていましたが、定年退職を機に、実家のあった八幡東区の斜面住宅地に戻ってきました。以前に比べると、やはり買い物や通院などで不便さを感じることはあります。防災や行政サービスの効率化を考えると、今回の市の取り組みはある意味で正しいのかもしれませんが、ただ、所有する不動産の価値が下がってしまう可能性を考えると、仕方ないとはいえ、手放しで賛同するのは難しいところですね」(八幡東区在住・80代男性)。

 八幡東区内の自治会・町会を取りまとめている北九州市八幡東区自治総連合会の宮地久男会長は、「私も斜面住宅地に住んでいる身ですが、住み慣れていることもあって、普段の暮らしのなかでの不便さは特段感じていません。ですが、地域の5年先、10年先を考えた場合、はたしてコミュニティを維持していけるのだろうかという危機感はあります。高齢化が進み、空き家や空き地が増えてくる一方で、車が通れないような狭い道も多くある斜面住宅地には、新たな若い住民は入ってきません。であれば行政の施策として、こうした空き家・空き地を整理して道幅の広い生活道路に再整備することなども期待したいです。また住民側も受け身の姿勢だけではなく、自主自立の心持ちで自分の住む地域の将来のことを考えてほしいですね。我々自治総連合会も、住民と行政の間を取り持つセクションとして、斜面住宅地の今後も含めた地域の抱える課題に取り組んでいきたいと思います」とコメント。地域のあり方を自分たちで考え、行政側に逆に提言していくような住民側の意識の醸成が必要だという考えを示した。

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 市街化区域を市街化調整区域へと“逆線引き”し、斜面住宅地の居住を抑制しようとする今回の北九州市の取り組みは、かつてのような開発ありきだった都市計画・まちづくりの手法を大きく転換させていく先駆的な事例となり得る可能性を秘めている。だが、一定数の住民が暮らす斜面住宅地が見直し対象となる以上、進めていくためには住民の理解を得るための丁寧な説明に加え、わかりやすいルールの策定や支援策の検討が課題となるだろう。全国的にも初となる取り組みであり、都市再生の新たな手法として、今後の展開に期待が寄せられる。

(了)
【坂田 憲治】

(前)

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