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2019年04月09日 10:00

中国現地ルポ  -広州・杭州・長春・北京-(2)

福岡大学名誉教授 大嶋 仁 氏

広州

 広州は南中国一の都市である。かつては北京・上海と並び称されたが、今では杭州の躍進により四位に後退している。この順位は経済力を基準にしたもので、人口の大小には関係ない。広州の経済力の衰えは、隠せない事実である。

 教育水準はといえば、南中国ナンバー・ワンといわれる中山大学が古くからこの地に君臨するが、全国的にはベスト・テンに入るのがやっと。精華・北京の北京二大学、それに中部・上海と杭州の復旦大学・浙江大学などに比べれば、はるかに見劣りする存在である。現代中国の「知性」を考える場合、中心は中央部から北部にあると言わざるを得ない。

 とはいえ、広州が極めて魅力的な町であることに変わりはない。「食は広州に在り」といわれる広東料理の美味しさは格別で、食材の豊富さとデリケートな味の工夫がほかの地域を圧している。しかも町の雰囲気は南国特有のゆったりしたリズム。北部中国の、ともすればせっかちで乱暴な生き方とは大きく異なり、人々の生活には昔ながらの優しさと繊細さが生き続けている。

 広東料理の老舗、広州酒家とか泮渓酒家などのある茘湾区の旧市街を歩いてみよう。やたらに安い物から高級品まで何でも店先に並んでおり、ガジュマルの木々のあいだをうごめく庶民の息づかいは「これぞ中国」と思わせて懐かしい。「ここは一体、何時代なのだろう」と歩くたびに思ってしまう。

 これと対照的なのが広州タワーを対岸に眺める珠江新城(チューチャン・ニュータウン)で、斬新な建築群像が見事に配列されて別の魅力をもつ。高層オフィスビルのあいまには植林されたばかりの樹木や花壇。散歩にほどよいそのスペースは、単に「心地よい」といえる以上のものである。

 ビルとビルの間には高級ショッピング・モール。モール内には必ず世界各国の高級レストランがある。広東料理の店もあるにはあるが、相当に意匠を凝らしたヌーヴェル・キュイジンヌ風。茘湾区の老舗酒家とはまったく趣きがちがう。

 どちらかを選べと言われれば、私なら旧市街を選ぶ。なぜなら、ニュータウンには中国らしさはなく、欧米のブランドシティの観があるからだ。現代中国の経済力のあらわれとしてこれも悪くはないが、本物感はない。東京でもソウルでも、金さえ使えばできてしまいそうな建築空間だ。

 旧市街で透明な翡翠を商う30代の女性と出会った。かつて日本で学んだことがあるそうで、日本語が流暢である。

 「先祖代々、私は広州人です。自分がこの町を大好きな理由は、何といっても人が生きている町だから。貧乏でも生きられる、金持ちももちろん生きている。人それぞれに合った生き方ができる。それに、香港が近いから思想的に自由です。経済力は前ほどでなくても、自由度は中国一。この町は世界に開かれてすでに1000年経ってるんです」

 そこで私は尋ねた。「でも、現政府は厳しく言論統制をしているでしょう?」

 「ですね。でも、私たち広州人にとって、北京は遠い外国。ベトナムやタイ、台湾や日本、そういう国の方がかえって身近なんです。それに、私、客家なんで」

 「客家」(ハッカ)という言葉にはっとした。アジアのユダヤ人といわれる存在だからだ。中国の経済改革をなし遂げて、共産主義から資本主義への脱皮を実現したあの鄧小平も「客家」だった。アメリカで知り合った台湾大学のある教授は、自分が客家であることを告げた後で、こう言ったものだ。「英語でユダヤ人をHebrewというでしょう。これを中国語に直訳すれば『客家』、すなわち『常に客人=旅人であり続ける』ということなんです。私たちは社会的に少数派。財を築くか、知性を鍛錬するしか、生き延びる道はない」

 常に客人であり続けるとは、いかなる社会にあってもその社会と距離を置くということだ。広州の旧市街で出会った日本語のできる翡翠商の女性が「客家」であるとは、彼女が中国にいながら中国から一歩踏み出しているという意味である。鄧小平も客家であったからこそ、日本で新幹線に乗った時「中国にはこれが必要だ」と痛感できたのであり、だからこそ、新しい中国の創造に向かうことができたのである。

 客家の精神とは自由の精神であろう。言論統制もなんのその、心の自由は失わないという気概である。伝統ある翡翠を伝統ある街角で商う彼女は、暇さえあれば旅に出るという。中国を知るために国内旅行を年1回、世界を知るために海外旅行を年1回、そして日本は特別の国として、それとは別に年1回、必ず行く。

 「日本の何が面白いの?」と尋ねると、彼女はきっぱり答えた。「私、自然が好きなんです。中国のお寺は町のごみごみしたところにあり、それはそれで温かいものがあります。でも、日本のお寺は自然のなかにある。それが心を休めるんです。これですよ、日本は!」

(つづく)

<プロフィール>
大嶋 仁 (おおしま・ひとし)

 1948年鎌倉市生まれ。日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。 75年東京大学文学部倫理学科卒業。80年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリの教壇に立った後、95年福岡大学人文学部教授に就任、2016年に退職し、名誉教授に。

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