2024年04月26日( 金 )

保育所整備は誰の役目?~「保育所設置・運営者公募要項」に見る行政の責任転嫁

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■保育所設置をめぐり、食い違う行政と事業者の認識

福岡市の「保育所設置・運営者公募要項」

 福岡市の高島宗一郎市長は昨年12月にJCASTニュースのインタビューに応じ、福岡市を「アジアでいちばん幸せだと思える都市にすること」を、市長としての目標にあげている。目標達成のためのキーワードとしたのが、「人、環境、都市活力」の3つ。昨年11月の市長選で勝利した際も、高島市長は「子ども、高齢者、障がい者からの期待が大きいと感じた」と述べており、3期目の重点施策として子育てや福祉政策に力を入れることを明言している。

 福岡市はかつて、待機児童数について政令市中「ワースト」を記録するなど、都市機能の拡大につれて増え続ける人口に対して、子育て環境の整備が追いつかない状態が続いていた。福岡市は保育所の新設・拡充に加え、小規模認可保育所を充実させるなどして「待機児童ゼロ」に向けた取り組みを進めているが、道はまだ半ば。今年10月から幼保無償化(幼児教育無償化)が始まるため、保育事業の需要はさらに増すとみられている。

 一方、政府や厚労省などによる規制緩和や市町村の運営費委軽減をはかるため、全国的に保育所運営について民営化が進められている。福岡市でも順次民営化を図る方針で、2004年4月時点で21カ所あった公立保育所を、7カ所を除いて順次民営化する方針を発表している。

 「子ども」(教育)を重点政策とするのであれば、保育行政についても本来なら市が中心となって進めるべきところだが、民間に任せる方針であれば行政の全面的バックアップがあってしかるべきだ。しかし、福岡市からバトンタッチされた側の民間保育所関係者からは、福岡市に対する不満の声があがっている。

 たとえば、福岡市の「保育所設置・運営者公募要項」では、原則として応募段階で近隣住民に保育所を開設する計画があることを「面談して」説明することを求めている。面談できない場合は資料配布でも可とするが、設置・運営者として決定していない段階にもかかわらず近隣住民に説明を求めているのはそもそもおかしくはないか。決定後はさらに近隣住民や自治会などへの説明を求めており、都合2回にわたって近隣住民への説明を求めていることになる。

応募にあたって業者の負担となっているものはもう1つある。建設する保育所の平面図などの提出だ。設計費や土地賃借料については、厚労省の内示後に契約したものについてのみ補助金の対象となるため、業者は手出しで設計事務所などに依頼して平面図を作成しなければならない。

「日頃から大きな設計事務所とつきあいがあるような大手企業なら、『ちょっと平面図を描いておいてよ』とできるかもしれないが、うちのような小規模事業では難しい。保育事業に大手企業の参入が相次いでいますが、もっと小規模事業者が参入できるような応募条件にしないと、到底太刀打ちできないでしょう」(福岡市内で保育事業を営む社会福祉法人の運営者)

■北九州市では周辺住民からの承諾書を求める

 こうした声について福岡市の担当者は、「保育所を開設するにあたって、業者に加重な負担を与えていることはない」とする。たしかに保育園公募にあたって周辺住民への説明を求める自治体は多く、たとえば北九州市では周辺住民や自治会から「承諾書」を取ることまで求めている。はたして、「子どもを育てる場を設ける際には、近隣住民(大人)の理解が必要だ」とする方針や、さらにその説明自体を民間事業者に求めるやり方は現状に即したものなのだろうか。

 千葉県市川市では2016年4月、開園を予定していた保育園が近隣住民からの「子どもの声がうるさい」などの反対を受けて開園を取りやめたことが全国的に話題となった。事業者の社会福祉法人は複数回にわたって近隣住民への説明会を実施したが、理解を得られなかったという。また、今年2月には、東京都港区南青山に児童相談所を建設する計画に対して、近隣住民が「南青山のブランドイメージを損なう」「地価が下がる」などの苦情を申し立てる姿がワイドショーなどで報じられ、物議を醸したことも記憶に新しい。

児童相談所の説明会を実施したのは港区行政であり、それでもこれだけの抵抗にあうのだとすれば、民間事業者の説明会で「声の大きな住民」がさらに影響力をおよぼすことは容易に想像できよう。確かに地域住民の声をきくことは必要だが、どの程度まで民間事業者に負担を求めるかについては、もっと議論を深めるべきではないか。たとえばその地域に保育ニーズがあり、保育所が不足しているということであれば市有地を充てることも選択肢に入れるべきだし、それが難しければ、地域住民に説明して保育所開設の理解を求めるのは行政の役割ではないか。

「公募についての相談で福岡市の担当者を訪ねても、傲慢な態度で話をされることもある。直接口には出さないものの、『補助金が欲しいのだったら、いう通りにしなさい』という意識が垣間見えて、不愉快に感じることはよくあります」(別の保育事業者)

 未来を担う子どもたちが健全に、安全に過ごせる環境を整備するには、保育事業に情熱をもった質の高い職員を確保できるかどうかにかかっている。保育事業に情熱をもち、豊富な経験を有していたとしても資金的余裕のない事業者は数多く存在する。福岡市をはじめ、自治体の公募要件がそういった小規模事業者を排除するような傾向にあるとすれば、本末転倒であろう。

【少子化問題対策取材班】

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