2024年04月18日( 木 )

九州企業の衰退・勃興 平成を振り返る(7)

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都市福岡の発展に漁夫の利を得たゼネコン・デベロッパー

 福岡市は政令都市になって周辺を合併することなく、人口が80万人から160万人に増加した。エリアが拡大したのは、博多湾の埋立地区だけである。まずは福岡市郊外での戸建住宅の開発が進み、平成になってからは中心部への住宅増が顕著になった。これはマンション供給で賄った。この人口倍増の恩恵を受けたのがゼネコン・デベロッパーである。しかし、景気の左右に翻弄されるドラマを繰り広げた業種でもあった。

無借金が常識になりつつある地場ゼネコン

 平成の30年間に2回バブルが弾けた。そのたびに建設業者の倒産が相次いだ。とくに集合住宅受注に依存した業者が倒産した。平成初頭のバブル倒産では、負債1,000億円に迫る(株)トミソー建設が筆頭である。(株)東建設、(株)高木工務店、(株)橋詰工務店、南建設(株)と負債額50億円を超えていた。リーマン・ショック時点では(株)高松組の倒産が記憶に新しい。この業界では力のある者が独立するのが常識であったが、いまやこの傾向は薄れてしまった。人手不足、実績信用、信金調達の強大化等々が要因であろう。

 このゼネコンの悲哀が一掃される転換点は、平成21(2009)年である。まずは人手不足。建設業界に従事する従業員が激減した。また建設投資が急増(インフラの更新時期と合致する)することとなった。これで一挙に工事原価がアップした。いや、アップしたという表現はおかしい。昔の単価に回復したというべきだ。職人の稼ぎは好転したが、この世界に入ってくる若者が少ない。将来的には外国人技能実習生に頼らざるを得ないほど深刻な状況となった。

 昨年、「福岡ゼネコンランキング」を作成した際に、下記の予測を立てた。「もし、この受注環境が2020年3月期まで続けば無借金が半数を占めるであろう」と。今後、受注環境が悪化した際には、M&Aの選択や廃業の決断ができる。廃業しても、孫の代まで一族が飯を食える蓄えを十分にしているという分析と見通しを立てた。福岡トップは上村建設(株)でグループ時価評価額は400億円と見立てた。1年前であれば上場企業のタマホーム(株)を上回っていた。

 さらに(株)北洋建設、照栄建設(株)と財務蓄積が別次元に積み上がる企業が続いた。ゼネコンを支える業界全体も潤った。長年、単価切り下げの圧政下にあった下請業者が、ようやく日の目を浴びるようになった。「腕に覚えがある職人さんたちが報われる社会は大賛成」である。この階層の方々が福岡の景気を下支えしているのも事実だ。

マンション業界の淘汰・再編

 平成初頭のバブル崩壊で、企業の倒産が相次いだ。時間差はあったが、負債1,000億円に達する舛田住宅、すまい、東洋開発、新生住宅、東峰住宅産業、タフ、じゅうと枚挙にいとまがない。懐かしさで、思わず涙がこみ上げてくる。

当時の業界トップによる「我々、地元業者が大手を制し、福岡の市場の65%を押さえている」という証言を今でも鮮明に覚えている(現在は大手に過半数以上を押さえられている状況だ)。完全に水を空けられてしまい、非常に残念である。

 戸建領域でも大型倒産が相次いだ。そのなかで特筆すべきなのが興栄ホーム、大蔵住宅である。

 リーマン・ショックに行き着く途中でアーサーホーム(株)の倒産も際立っていた(この会社は穴吹興産(株)の傘下に入り、事業継承がなされている)。2回目のバブル破裂=リーマン・ショックにおいてはソロン、ユニカ、理研ハウス(これは実質廃業)、丸美が消えていった。丸美のように詐欺罪で逮捕される刑事事件も発生した。とどの詰まり2回のバブルをくぐり抜け、マンション分譲を中止しても(自転車操業)企業存続できるのは新栄住宅(株)のみであった。

 そして、マンション業者もゼネコン業界と同様に、この8年間、我が世の春を謳歌した。自転車操業(新規物件の仕込みの宿命)から脱出可能な経営水準に(株)えんホールディングス、(株)コーセーアールイー、西武ハウス(株)などが到達目前まできている。勝ち残れば福を得られることになる。いかなる事態になっても、開き直り、家主業に転換できることを意味する。

 仲介業においても、とんでもない企業が続出している。本来、仲介業、賃貸管理業は脇役であったが、これが主役に躍り出た。その1例が(株)三好不動産である。管理物件が3万戸あるとの触れ込みであるが、リフォームを含めて総合不動産業に転じている。また(株)福住も同レベルにある。新興勢力としては(株)オー・エイチ・アイなどがある。仲介・賃貸管理業が主役に転じられるのも、都市福岡の拡大発展が背景にあるからだ。

 家主の地殻変動も進んでいる。福岡の大家主はカミヨグループ(渡辺一党)であった。我が家の名前が渡辺通と名づけられていた(西日本新聞会館1/3名義)。二番手が九州勧業(株)(太田一族で福岡日航ホテルのオーナーでもある)。その旧勢力に割り込んできたのが福岡地所(株)だ。キャナルシティ博多で一躍名を轟かせて今や天神再開発の先頭を走っている。同社の貸借対照表を参照すれば一目瞭然。大企業に変貌している。カミヨグループを圧倒しているのは明白である。

(つづく)

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