2024年04月19日( 金 )

またも繰り返される相撲協会の違法統治 ―貴の富士事件―

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 貴の富士が付き人に暴行したとして懲戒処分を受けた。その内容は自主引退の勧告、つまり「引退勧告」である。貴の富士は直近にも付き人への暴行で出場停止処分を受けており、再度の暴行事件を起こしたことが重罰処分の理由とされた。

本件処分の問題点

1. 暴行の事実は具体的に究明されたか

 スポーツ新聞等の報道によれば、貴の富士の暴行の程度内容は、こぶしで、頭部を1回だけ殴打したものという。その理由は、先輩力士として後輩力士の修行・生活ぶり全体に対する一種の教育的指導の体罰であった(筆者による要約)と貴の富士は説明している。

 無論、一般社会では如何なる意味でも体罰は不適切ないし違法と認識されている。しかし、それも具体的な程度内容によっては、例えば親の子に対する懲戒権の行使としての有形力の行使との限界は微妙である。ほとんどの親が子にたいしてしつけや時宜を考慮した教育のため、軽度の有形力を行使していることは公知の事実である。

 学校で教師が指導の一環として、拳で頭部を「げんこつ」する程度の有形力の行使は日本全国に広く存在する。問題となり違法と認定されるのは、それが虐待と評価される程度に至った場合である。先輩・後輩間、親子間、上司部下間等社会的上下関係のある場合、指導者と被指導者の間等においては、違法不適切とまでは評価されない有形力の行使や言動(暴言)が行われていることは公知の事実である。

 本件では暴行の具体的程度内容は一切不明である。一方、当事者の貴の富士の弁明に従えば、その有形力の行使は格闘技を行い、常日頃激しい肉体的衝突を含む修行・稽古を行う力士にとっては全く苦痛を生じる程度の有形力の行使ではない。何よりも暴行の事実を客観的に記録された診断書や、周辺事情の記録がない。

 仮に暴行を受けた付き人にとって当該有形力の行使が受任限度を超え社会的に許されないものであれば、直ちに親方に報告すべき義務があり、また常日頃そのように教育されていると相撲協会は公言している。しかし、実際は無断で徒党を組んで部屋を飛び出し(これは親方の管理監督権を無視した、それ自体「脱走」と評価される不適切行為である。)実家に帰っていたという。

 この事実を千賀ノ浦親方が知った時点で、具体的な暴行の程度内容を確認した筈であり、それが、退職勧告に値する不相当な有形力の行使であったとすれば、その時点で当事者の言い分は大きく食い違っていた筈である。この間の事情が客観的に一切記録されていない状況で、相撲協会は報告を受けた。すでに協会は客観的な事実認定が困難な状況にあった。従って、問題は協会が確定した認定事実である。今回も協会が客観的な証拠・根拠を開示しない恐れがある。

 かつて貴の富士の師匠の元貴乃花親方に対する懲戒処分の発出においても、ヤメ検弁護士のとんでもない事実認定をもとに違法処分を発出した。再び、客観的事実に基づかない不利益処分を発出した疑いが強い。貴の富士が正式に懲戒処分を争えば、懲戒事由となった暴行事実の具体的内容が審理される。証拠に基づいて判断される。貴の富士は自己の主張の真実性を世間に知らしめるためにも訴訟を提起する他ない。

 なお、相撲協会の処分が「引退勧告」から「懲戒解雇処分」に変更される理由が、温情の「引退勧告」に素直に従わなかったことが理由となる、と報道されているが、これが事実であれば、暴行事件とは別の、暴行事件後の事情を懲戒理由に付加するもので、明かに違法処分であることを世間の人は予め理解してほしい。

 なお、公益財団法人である相撲協会は課税免除等の優遇処置を受ける「公益法人」である。その業務執行は当然ながら、所轄の監督官庁の管理監督を受ける。その際に基準となる規程が公益財団法人法、認定法を基本に、行政手続や行政争訟に関する法令法規に従うことになる。その視点から重要な点を指摘すれば、本件処分は一方で業務執行行為として監督官庁に報告し、その当否につき管理監督を受け、また、貴の富士に対する不利益処分であるから、その処分手続は行政処分に関する諸規定、特に行政手続法に準拠する必要がある。

 師匠の貴乃花親方の処分の際もそうであったが、まるで、力士にはいかなる処分も理事会の決定で可能であると誤解した言動と行為が堂々と行われており(これを理事会によるパワハラと表現する人もいる)、今回こそ、相撲協会が法令を遵守し、公益財団法人として適切な業務執行を行うことを世間は監視しなければならない。

2. 本件処分についての争訟

 形式的には第一に「引退勧告」処分が告知された。これは勧告であるから、それ以上の強制力はない。被処分者がその勧告に従えば別だが、従わない場合にはそれ以上の強制力はない。その意味では「戒告処分」に類似する。

 問題は被処分者が当該引退勧告に従わなかった場合である。勧告に従わなかった場合には処分を「懲戒解雇処分」に重罰変更できるか、という問題である。処分理由に処分の原因となった事実以外の事実、特に、「引退勧告にしたがわなかった」という事由をもって、処分を一番重罰である「懲戒解雇」に変更することが、適正適法な処分手続といえるか、の問題である。

 前述したように、処分事由事実の存在した時点で同時に存在した処分事由事実を付加するものではなく、明らかな違法不当な重罰化事由である。貴の富士は「引退勧告」処分の不当性を争うことになる。処分事由は事前に明確に規定されていなければならない。

 処分に対する争訟はその程度についての相当性判断である。拳で軽くげんこつで後輩の頭部を一回殴打したことが、力士生命を途絶する懲戒解雇処分に値するかの社会的相当性の価値判断となる。結局、相撲協会が非常識集団か否かの判断を示すことになると筆者は考える。

 最後に、相撲協会は不都合な真実は一切隠蔽する。国民は相撲協会が公益財団法人として巨額の優遇(課税免除)を受ける利権集団である側面を忘れてはならない。

【凡学一生(東京大学法学士)】

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