2024年03月29日( 金 )

珠海からの中国リポート(5)

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福岡大学名誉教授 大嶋 仁 氏

鍋料理をつつきながら日韓問題を論議する

 珠海で知り合ったM君は福建省出身だが、本人は少数民族の出だと言っている。大学では研究職に就いており、専門は日韓・日朝関係。日本語も朝鮮語も達者で、頭の回転の速さからして第一級の人材といえる。

 その彼と鍋料理を食べに行った。大学からそう遠くないところに商店街があり、その一角に人気のレストランがある。中に入るとテーブルの数がものすごく、どんなに混んでも満席になることなどなさそうに見える。
 料理はスープの入った鍋に自分で肉だとか魚だとか、豆腐だとか野菜だとか茸だとか、好きなものを入れて煮るだけのものだ。煮えたら、小さな碗に醤油だの酢だの入れて、どんどん食べる。どんなに食べても、せいぜい1人60元程度(1,000円以下)。

 M君とは2時間以上論議した。話題はもっぱら日韓問題。両国を距離をおいて眺めることができる彼の意見は、まことに拝聴に値する。
 M君曰く、
「韓国の現政権は思い切って左翼、そして反日。北朝鮮と何としてでも結びつきたい。南北統一と行かなくても、この際できるだけ北と接近し、冷戦構造を終わらせたいのだ。だから、日韓関係が悪くなろうが、そんなに気にしていない」
 北に対しては相当の金をつぎ込んでいるはずで、違法なこともたくさんやっているだろう、と彼はいう。現政権が倒れて野党が政権をとれば、必ずや文大統領は投獄される。それがわかっているから、大統領府としては事前に検察と交渉しているのだ。

 「本当に、日本との関係はどうなってもいいと考えてるの?」とこちらが聞くと、
「日本との関係は、経済的なものと割り切ってるんでしょう。そして、ここは日本人にはわかりづらいだろうけれど、韓国は政治において道義を重んじるので、経済的な不利益は二の次になるんです。つまり、実利主義ではない。ここが、政治と道徳を切り離す日本にとって、最も見えにくい点なんです」
「でも、韓国の政治家だって、あくどいことをやってるじゃないですか」
「無論です。しかし、必ずそれを正義の名のもとに裁いてきたのも韓国なんです。徴用工問題にしたって、日本からすれば解決済みだが、韓国的にはこれは道義の問題。中国人なら道義のために実利を失うことはしないが、韓国人はするんです」
「そうだとすると、日本は政府だけでなく、メディアもその点がわかってないですね」
「そうなんですよ。そこが問題なんです。政府以上に、日本はメディアのレベルが低い。政府の圧迫で自由に書けないといった話ではなくて、記者たちが歴史の勉強もせず、文化の差異にも無知だから、自国の政府高官の考えていることすら読みとれないんです」
「Mさんは、日本政府がメディアを圧迫しているとは思わないんですか?」
「そんな必要ないです。自主規制が昔からありますからね。問題はむしろ勉強不足。日本のメディアは、世界を読み解く技術も基礎知識ももっていないんです」

 そこまで日本のメディアを酷評するのは何か根拠があろうかと思い、内心では同意しつつも、その根拠を問うてみた。すると、
「かつて満鉄調査部は満州国の情報部であり、シンクタンクでもあった。あそこに務めていた日本人の知的レベルはすごいもんでしたよ。彼らの調査は科学的、客観的で、現在の日本の情報処理のレベルをはるかに超えていた。彼らのなかには日本では行き場がなくて、満州国で知能を発揮した者が多かったんです。そういう知性は今の日本のどこにもない。日本のメディアは、おそらく先進国のなかで最も低いレベルです」

 話はまだ続いたが、M君の論の骨子は伝え得たと思う。

 食事を終えて外に出ると、もう真っ暗だった。目の前に時計台があり、その下に大きな石畳の広場がある。広場では婦人たちが数人ずつグループをつくり、それぞれに異なる音楽に乗って踊っていた。中国の朝は広場のラジオ体操か太極運動で始まるが、夜は賑やかな素顔の舞踏会が夜更けまで続く。上手、下手はどうでもよく、ともかく体を動かして、大勢で楽しむのだ。健全な人民とはこのことか、と思わず立ち止まって眺めてしまった。

 M君も立ち止まってそれを見ていたが、急に私のほうを振り返ってこう言った。「知ってますか、日本人と朝鮮人と中国人のちがいを。道で2人の男が殴り合っていると、通りかかった人が日本人なら、すぐ警察に通報する。朝鮮人なら上着を脱いで、自分も殴り合いに参加する。中国人なら仲裁に入って殴られ、10年間技を磨いてから、自分を殴った相手を探して出して仕返しをする・・」

 「つまり、日本人は臆病で、朝鮮人は愚かで、中国人だけ賢いということか?」と私が笑って聞き返すと、彼は首を横に振った。「いや、誰であれ、中国人に逆らわないほうが良い、という話だと思います」

(つづく)

<プロフィール>
大嶋 仁 (おおしま・ひとし)

 1948年鎌倉市生まれ。日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。 75年東京大学文学部倫理学科卒業。80年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリの教壇に立った後、95年福岡大学人文学部教授に就任、2016年に退職し、名誉教授に。

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