2024年03月28日( 木 )

【事件簿】広島中央署8,572万円盗難~ついに詐欺事件の裁判も混迷

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 広島中央署の金庫から広域詐欺事件の証拠品である現金8,572万円が盗まれた事件は、発生から2年余りが過ぎてもなお未解決のままだ。捜査が迷走するなか、広域詐欺事件の被告が大胆な新主張を繰り出し、事態はいっそう混迷を深めている。

8572万円を盗まれた広島中央署
8572万円を盗まれた広島中央署

■盗まれた金の内部補てん~「正式決定ではない」との声も

 広島県警が、死亡した30代の男性警察官を書類送検の方針――。

 広島中央署の金庫から広域詐欺事件の証拠品である現金8,572万円が盗まれた事件をめぐり、マスコミ各社が一斉にそう報道したのは2月のこと。この時、「やっぱり、そうだったか」と思った人は多かったろう。この事件は2017年5月に発覚した当初から、「内部犯行説」がずっと疑われてきたからだ。

 だが、これで事件解決とはならなかった。その男性警察官については、「詐欺事件の捜査を担当し、その現金が会計課の金庫で保管されていることを知っていた」「競馬にのめり込み、知人たちから多額の借金をしていた」(中国新聞2月21日朝刊29面)などと容疑を裏づけるような事実も伝えられたが、今に至るまで書類送検されないままなのだ。

 県警に捜査の現状を質したところ、「捜査中の案件なので、コメントできません」(相原正裕捜査3課次席)との回答。要するに報道の真っ黒なイメージと裏腹に、その男性警察官を容疑者と断定するに足る証拠は揃っていなかったということだ。その男性警察官については、遺書などは見つかっておらず、死因は不明だが、任意の事情聴取に容疑を否認していたと報じられており、後味の悪さは否めない。

 一方、2月には、盗まれた現金8,572万円について、県警全職員が加入する互助会や県警幹部が金を出し合い、内部補てんする方針が固まったとも報じられたが、こちらは概ね事実のようだ。複数の県警職員に取材したところ、石田勝彦本部長(8月に公安調査庁調査第1部長に異動)が県警の全職員に対し、文書でそのような方針を伝え、理解を求めたのだという。

 もっとも、ある県警職員はこう話している。

 「内部補てんするというのも正式に決まった話ではありません。手続き的に可能なことなのかはわかりませんし、広島県警だけで決められることではないですから」

 広島県警が「証拠品の現金を盗まれ、内部のみんなで金を出し合って補てんした」という前例をつくれば、今後は他の都道府県の警察も押収した証拠品を紛失するたび、職員たちが金を出し合って穴埋めせねばならなくなりかねない。広島県警が実際に8,572万円を内部補てんするには、法的な問題も含めて、クリアすべきハードルはいろいろありそうだ。

 迷走するばかりで、何ひとつ解決していない広島中央署の証拠品の現金盗難事件。実は現在、広島県警にその現金を押収された広域詐欺事件の被告の裁判も混迷してきているのだ。

■「正当に稼いだ金もある」~詐欺の被告が新主張

「広島県警に押収された現金には、正当に稼いだ多額の現金が含まれていた」

 広島県警が死亡した男性警察官を書類送検する方針だと報道された2月の末日。広域詐欺事件で詐欺と組織犯罪処罰法違反(犯罪収益の隠匿)の罪に問われている中山和明被告(36)は裁判でそんな“新主張”を明らかにした。といっても、刑事裁判ではなく、国家賠償請求訴訟での話だ。

広島地裁。広域詐欺事件の被告の裁判が行われている
広島地裁。広域詐欺事件の被告の裁判が行われている

 広島中央署の金庫から8,572万円が盗まれたのをうけ、中山被告は2017年9月、「被害弁済が行えない」として広島県に約9,400万円の国家賠償を請求する訴訟を起こし、話題になった。この訴訟では、広島地裁の1審で昨年4月に、広島高裁の2審で今年8月に、中山被告の請求を棄却する判決が出ているが、上記の中山被告の新主張は広島高裁の2審でのものだ。

 新主張によると、中山被告は2008年頃から東京・渋谷の広告会社で働き、その後に独立して広告仲介業を行い、多額の収入を得ていたという。広島県警が中山被告の関係先から押収し、広島中央署の金庫で保管していた現金の総額は9,000万円を超えていたのだが、それは「正当に稼いだ現金と詐欺で得た現金が混在していたのが実態だった」というのだ。

 中山被告側はそれを前提にしつつ、新聞報道に基づき、「正当に稼いだ金が、公権力の行使にあたる警察官によって職務を行う際に盗まれた」「盗まれた現金は見つかっておらず、費消されたと考えられる」などと指摘し、「広島県に対し、国家賠償請求する権利があることは明らか」と主張した。これについて広島高裁は判決で、「新聞報道から、死亡した男性警察官が現金を盗んだ犯人とは断定できない」として中山被告の主張を退けたのだが、広島中央署の8,572万円盗難事件に関する捜査の迷走が中山被告の思考に影響を与え、この新主張に踏み切らせた感は否めない。ちなみに中山被告はこの2審判決を不服として、現在は最高裁に上告中だ。

 一方、中山被告の刑事裁判もここにきて先行きが不透明になっている。広島中央署が8,572万円を盗まれたために「被害弁済が行えない」として国家賠償請求訴訟を起こしつつ、中山被告は刑事裁判で起訴内容を否認していたのだが、今年3月13日の第9回公判で一転、すべての起訴内容を認めたのだ。

 この公判で中山被告は、これまでに否認していたのは「以前選任していた弁護士の方針だった」と説明。さらに「被害者の悲惨な状況を聞き、深く心を痛めています。一日も早く被害弁済したいです」と反省や贖罪の思いを吐露した。一方、「ただ、詐欺事件の金額は、一体どこまで私がやったのか不明です」とも述べている。つまり、中山被告は刑事裁判でも国家賠償請求訴訟と同様に、詐欺などで得たとされる金銭のなかに「正当に稼いだ金」が含まれていたと主張するようなのだ。

 中山被告の刑事裁判では、秋頃に広島地裁で1審判決が出る見通しだと報じられていたが、すでに秋になった現在、中山被告の裁判はまだ続いており、次回公判は期日が未定だ。中山被告が否認していた起訴内容を認めつつ、「詐欺事件の金額は自分がどこまでやったか不明」と新主張を始めたため、争点を整理するためなどに時間を要しているのだとみられる。

 中山被告らの有罪が確定すれば、被害回復給付金支給制度に基づき、犯罪で得た財産がはく奪され、被害者たちに支給されるが、裁判が確定するにはまだ相当な時間を要しそうだ。それもこれも広島中央署が証拠品の現金8,572万円を盗まれたうえ、いつまでも犯人が捕まらないことが原因なのだ。

【片岡 健】

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