2024年03月19日( 火 )

【伊藤博敏のニュースwatch】ゴーン逃亡で露呈した刑事司法の歪みと課題(後)

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 公判前に行う予審の段階で、検察や警察を動かすことのできる仏予審判事は、捜査権と控訴権をもち「政官財」に挑む日本の特捜検事と同程度かそれ以上の捜査権をもつ。それでも、長期勾留などありえない。まして、否認すれば起訴後も勾留することは制度として存在せず、ありえないことだ。

 ただ、大金を使い、コネと賄賂が横行するレバノンに逃亡、身の安全を図ったゴーン被告に同情の声はなく、現在、日本に渦巻くのは“怒り”である。

 東京地検の斎藤隆博次席検事は、1月5日、「我が国の刑事司法制度は、個人の基本的人権を保障しつつ、事案の真相を明らかにするために適正な手続きを定めて適正に運用されており、保釈中の被告の逃亡が正当化される余地はない」と、ゴーン被告を、有無をいわせぬ論調で批判。法務・検察当局が、捜査・公判中の事件について具体的にコメントするのは極めて異例のことだ。

 国民感情もそれに添う。工夫を凝らして報酬を後払いにし、中近東の知人からキックバックさせ、それで購入した「社長号」という名のクルーザー、東京、パリ、ベイルート、リオデジャネイロなどに会社のカネで購入した自宅など、捜査の過程で表面化したゴーン被告の強欲は、国民を鼻白ませた。

 日本だけではない。日本以上の階級社会である仏では、黄色いベスト運動に代表される「大衆の反乱」は、ゴーン被告のような巨額報酬を手にする特権階級に向けられており、ゴーン被告に同情的な「庶民の声」は皆無だという。レバノンも同様で、政府高官が空港にゴーン被告を出迎えるなど特別待遇で庇護しているが、経済が低迷、困窮する一般国民は反政府デモを繰り返しており、ゴーン被告を「英雄」と捉えるのは一部に過ぎない。

 だが、保釈した東京地裁だけを責めるのは酷だろう。ゴーン被告は、「黒船」となって日本の裁判所を揺さぶった。本来、刑事訴訟法第89条で、保釈の請求があれば、罪証の隠滅、逃亡の恐れがない場合、原則として保釈を認めなければならない。

 だが、日本では、「政財界の監視役」である特捜部が手がける特捜案件の被告が否認を貫いた場合、その捜査を裁判所が支える予定調和の観点から保釈を認めず、「人質司法」を続けてきた。そこには、仮に保釈して証拠を隠滅、あるいは逃亡して事件がつぶれた場合、「裁判官のミス」となり、そうしたくないという保身も働いていた。

 ゴーン被告が、その“慣例”を破った。容疑は、18年11月19日の最初の逮捕が5年分の有価証券報告書の不記載で、12月10日の再逮捕が、以降3年分の不記載だった。検察は、慣例通り、起訴後勾留を続けるつもりだったが、東京地裁は、「不記載という形式犯で、そんなに長く勾留する必要はない」という判断を下し、検察の勾留延長を却下、12月20日に保釈を認めた。

 裁判所の“離反”に検察は焦った。特捜部は、「年明けの再逮捕でいい」と思っていたサウジアラビアをめぐる会社法違反の資金還流で、12月21日、ゴーン被告の再々逮捕に踏み切った。保釈させないのが目的で、結果的に勾留日数は108日におよび、「人質司法」は継続されたが、裁判所は独自判断を示した。

 もちろん、ゴーン被告が黒船となっただけでなく、裁判員裁判や検察審査会など司法を国民に近付ける制度改革によって、保釈は認められやすい環境になっていた。ゴーン被告はその象徴となった感はあるが、2度目の会社法違反による再々々逮捕を経て4月25日に再保釈される時の条件は、今にしてみれば緩く、逃亡の隙を与えた。

 15億円の保釈金は、ゴーン被告にとって1年分の年収にも満たず、パスポートの携行は認められ、海外では常識化しているGPS(全地球測位システム)は装着されなかった。パソコンも携帯電話も、人から借りれば自由に使え、つまりカネと暇があり余っているゴーン被告にとって、逃亡しようと思えば逃亡できる環境だった。

 そうした環境に置いた裁判所を検察は批判、司法マスコミはもちろんメディアは、カネにものをいわせたゴーン被告とそれを受け入れたレバノン政府を批判、逃亡を許した保釈条件の甘さと出入国管理の杜撰さを指摘する。

 それは事実なのだが、刑事司法改革のなか「人質司法」という既得権益は手放さず、焼け太った検察が、勾留と保釈の新しい制度的枠組を、模索も構築することもなく、裁判所に判断を委ね、責任を押しつけたところにも逃亡の原因はある。

 ゴーン被告はもちろん、逃亡に手を貸した連中を含め、どんな手を使っても調べ上げ、いくら時間がかかろうと、ゴーン被告ら犯罪者を日本に呼び寄せ、厳しく断罪しなければならない。

 ただ、逃亡を教訓に求められるのは、やはり歪みの検証であり、捜査・勾留・保釈、公判体制の再構築なのである。

(了)
【伊藤 博敏】

(中)

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