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2020年02月20日 15:20

【シリーズ】生と死の境目における覚悟~第3章・「尊厳死」とは(前)

 運営する「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)で、新年をはさみ2件の常連客を亡くした。1人は82歳の男性Sさんで、死因は血液のガン。もう1人は77歳の女性Eさんで、喉に食べ物を詰まらせたのが原因。突然の訃報に来亭者の多くが呆然とするありさま。

 Sさんは子どもに先立たれ、最愛の妻も数年前に亡くし、親戚とのつながりも希薄だった。それをサポートしたのが同じ棟に住む女性と「ぐるり」の常連。Eさんはステージ4の癌で闘病中の夫を献身的に支えてきた。1人残されたご主人の落胆ぶりは傍目にも気の毒なくらい落ち込んでいる。「生と死の狭間」に潜むものは…。

山中静夫氏の尊厳死

 医者で作家の南木佳士に、『山中静夫氏の尊厳死』という作品がある。最近映画化され、主演(山中静夫氏役)を中村梅雀さんが演じている。単行本は27年前に出版された。

 当時のガン治療の現状は、現在とは隔世の感があった。家族には本当の病名を伝えるが、患者には別の病名を伝える時代だった。現在では患者に病名を正確に告知し、患者と主治医との納得性をともなう共同作業で治療にあたる。ガンという病気が確実に死を意味する病気ではなくなり、生存率が飛躍的にのびた結果だろう。その背景には医療技術の目を見張る進歩がある。

 ほかの病院で末期肺ガンと宣告された山中静夫は、ふるさとの浅間山を望む総合病院で最期を迎えたいと、主治医となる今井(南木自身)に直訴。亡くなる数カ月間、山中と今井との「生と死の狭間」をともに歩んでいく様子を、主治医の目を通して丹念に描く。

 山中は自分の入る墓を実家の裏山につくるために、日中許可を得て外出する。やがて両足に麻痺を生じ、点滴のなかにモルヒネを投与。その分量もすべて山中の了解のもとに実践される。憔悴しきった妻が今井に、「はやく楽にしてください」と迫る。今井は妻の申し出を拒否。「生き残る人の都合に合わせて人は死ぬわけじゃないですから」と諭す。

 これまでの今井は、家族の意向に沿うかたちでモルヒネの投与量を増やし、意識的に死期を早めてきた。そのことが医者としての自分を苦しめ続けた。今回はまさに医者として、山中との約束に忠実であろうとした。

 「苦しい、痛いといわないかぎりモルヒネの量を増やさない」ということ。今井は思う。「今までやってきたのは家族と共犯の安楽死だったのではないか」。契約相手は患者本人のはずだ。本人の許可なくして、一方的に契約に終止符をうつわけにはいかない。今井は正面から尊厳死に立ち会う医師として、尊厳死に課せられたいくつかのハードルを越えていこうと決意する。

 やがて山中は息を引き取る。自分の気持ちを最後まで聞き入れてもらえなかった妻は、今井の視線を無視するようにその場を去った。〈楽に死ねそうな気がしてふる里の山見ゆ〉。山中の辞世の句である。何百人という患者の最期を看取ってきた医師としての今井(南木自身)が病む。うつ病である。「あれはほんとうの尊厳死だったのだろうか」、今も今井の心をよぎる。

 主演の中村梅雀は、「静夫が一番求めていたのは自分らしい自由。末期の肺腺がんが見つかったことでやっと自分の気持ちを解放し、残りの時間で自分のやっておきたいことやろうと思うわけです」(「定年時代」埼玉版 2020年2月号)。

 今井(南木)は「尊厳死と安楽死は違う」と述べている。確かに、これまでは家族の求めに応じてモルヒネの量を増やし「家族との共犯」を演じてきた。現実の南木自身も「家族との共犯」を余儀なくされてきたのだろうと推察する。だから南木は作中、今井という医者の目を通して「患者との契約の履行のためにのみ行う医療行為」を実践しようとした。それが27年前のガン治療の現実だった。

 「尊厳死」=「安楽死」ととらえるつもりはないが、少なくとも安楽死も尊厳死の1つだろうと思いたい。しかし日本では安楽死は法的に合法化されていない。「近代社会では生きることが至上の価値とされ、医療技術と生命科学の進歩とともに、あらゆる病気を克服して寿命を可能な限り延ばすこと」(佐伯啓思・経済学者 『死すべき者』「朝日新聞 2019年7月6日」)が人類の最大の目標となった。

 一方で、「死に方」に関しては議論の対象にもならない。安楽死が認められている国は、オランダ、スイス、ベルギー、ルクセンブルグ、アメリカ(ニューメキシコ、カリフォルニア、ワシントン、モンタナ、バーモント、そしてオレゴンの各州)など。日本尊厳死協会発行のカードに「延命治療拒否」と記入しても、エンディングノートや遺言状にその旨を記入しても、担当医が殺人罪や自殺幇助罪などに問われてはと尻込みする。この国では「100歳まで生きること」は奨励するが、一定程度の条件のもとでも「自分の寿命を自分で決めること」は許されない。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)など。

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