2024年05月01日( 水 )

【香港最前線1】滅亡の悲劇

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香港人作家 周 慕雲

香港問題の歴史的起源

 2019年6月12日、香港史上でもっとも激しいデモが行われた。14年9月28日の「雨傘革命」の続編である。14年のデモにおいて香港保安警察は81本の催涙ガスを用いた。一方、19年夏から20年の今日に至るデモに用いられた催涙ガスの総数は、なんと1万6,000本である。そのほか、1万発のゴム弾、さらに実弾まで発砲されたとあれば、香港人のみならず、世界中の人々がショックを受けても不思議ではない。

香港デモ(19年6月)

 かつて「東洋の真珠」と称された香港は、このままいけば淪落の淵に沈んでしまう。一体、どうしてこうなってしまったのか。日本の読者には、ぜひとも知ってもらいたいことである。

 事の始まりは1984年の英中共同声明。英首相マーガレット・サッチャー氏と中国最高指導者の鄧小平氏によって署名された。この声明に基づいて、香港基本法が制定される。香港の「憲法」と言ってよいものだ。

 中国は最近になっていきなり「国家安全法制」といった奇怪な法律を持ち出してきた。それを香港に押し付けたのは周知のことである。この「法制」と「基本法」は比べるまでもなく、相互に矛盾する。つまり、この「法制」は違法なのだ。

 中国共産党・政府に言わせれば、そんなことはどうでもよい。なにしろ、「基本法」の解釈権は彼らにあるのだ。つまり、「基本法」はあってもないようなもの。中国にとって、この法律は国際社会へのカモフラージュ用なのである。

民主化のために戦う香港人

 香港住民のデモを直接に取り締まるのは香港政府であって、北京政府ではない。ならば、香港政府は北京政府の傀儡に過ぎないのか?その通りである。そもそも「基本法」には「港人治港」が謳われており、それに従うならば、香港の行政長官は香港住民から自由投票によって選出されるべきである。しかし、実際にはそうなっていない。長官を選出できるのは特権階級の1,500人だけなのである。「港人治港」は、香港人にとって、依然として戦って勝ち取るべき目標なのである。

 要するに、香港は民主主義社会になっていないということだ。世界の多くのメディアは、香港の民主主義が中国共産党によって蹂躙されていると伝えているが、これは正確ではない。香港人は「基本法」の精神を実現すべく、民主化のための闘争を戦っている、というべきなのだ。

 問題は、それゆえ今に始まったことではなく、1984年以来の状況がそのままエスカレートしてきているということだ。当初あまり問題がなかったというのも、1つには香港人の自覚が乏しかったこと、もう1つは鄧小平の対処の仕方が穏便だったということによる。しかしながら、中国共産党の本質が変わったというわけではなく、当初から「一国二制度」は外見のみのものであり、香港政府は傀儡政権だったのである。それゆえ、今回無茶な「法制」を押し付けられても、香港政府は何もできない。

 香港の民主化闘争の意味は、おそらく民主主義国家の国民にはわからない。彼らは民主主義を当たり前のものとして、そのあり難みさえ知らないからだ。皮肉なことだが、香港人ほど民主主義に燃える者はいない。世界は、そのことをもっと知るべきなのだ。

契約を踏みにじった中国、契約を信じる香港人

 もともと無視されてきた「一国二制度」であるが、いよいよそれが崩壊するときがきた。国際的に見れば、サッチャーと鄧小平の共同声明という契約の無視を意味するが、そもそも「契約精神」というものが中国には存在しない。中国を知らないイギリスは、信じていたのに裏切られたと思っているだろうが、中国において、裏切りは日常茶飯事であり、契約書はただの紙切れに過ぎない。

 不幸なことに、イギリスの影響で香港人は「契約」の意味を知ってしまった。欧米人同様に、鄧小平の「改革開放」が中国を民主国家とし、さらに香港もそう変わるだろうと信じてしまったのである。一方、イギリスはイギリスで、香港返還を中国との商取引の一環としてしまった。それゆえ、返還後は何が起こっても、見て見ぬふりをしてきたのだ。

 イギリスの大きな誤りは、香港を台湾、すなわち中華民国に返還すべきだったのに、共産中国に返還したことにある。そのほうが、国際政治上、また経済上、利益が大きいと判断したからだ。簡単にいえば、イギリスは香港という商品を中国に売ったのである。

中国返還後の世代が民主化の最前線に

 その返還から20数年が過ぎた。その間に何が起こったか。毎日150名の中国人が香港に移住し、洗脳教育を導入し、少しずつ香港人の自由と人権を奪ってきたのである。もとより堅固なものではない「一国二制度」は、こうしてなしくずし的に崩壊していった。

 しかし、それにもかかわらず、もっとも「中共化」したはずの世代のなかからもっともよい人材が育った。デモの最前線で戦うのは、彼ら10代から30代までの若い世代である。彼らが身を挺して民主化運動に取り組む姿は、見ているだけで涙が出る。香港の未来は彼らのものとなるはずなのに、今このように酷い目に遭っていると思うと、あまりにも悲しい。

(つづく)

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