2024年04月27日( 土 )

新型コロナ後の世界~「信頼の絆と弱者への労わりの心」を回復!(4)

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武蔵野大学客員教授・光輪寺住職 村石 恵照 氏

 今人類は、「パーフェクトストーム」(複数の厄災が同時に起こり、破滅的な事態に至ること)の洗礼を受けており、この地球は前代未聞の嵐に飲み込まれようとしている。「新型コロナ」後の世界の風景は、今生きている私たちの誰もが見たこともない、経験したこともない、考えたこともないものになる。そこでは、今までのように、現実の問題を唯々紡いでいくだけでは、一向に心の平穏は得られないし、未来も見えて来ない。

 村石恵照・武蔵野大学客員教授・東京仏教学院講師・光輪寺住職に話を聞いた。村石先生は20世紀文学の最高傑作『1984年』の著者ジョージ・オーウェルの研究者でもある。IMFは、新型コロナ後の世界について、2008年のリーマン・ショックを超え、1929年の世界大恐慌(オーウェルの生きた時代)に迫るとの予測を発表した。

オーウェルの人間観の核心はhuman decency

 ――先生は20世紀文学の最高傑作『1984年』の著者、ジョージ・オーウェルの研究者でもあります。オーウェルは1929年からの「世界大恐慌」の時代を生きており、『1984年』はその時代背景を基に書かれています。

 村石 ジョージ・オーウェル(1903‐1950)を40年以上研究しています。早稲田大学の先生が中心となって始めた日本オーウェル協会で同好の士と研究を続けてきました。私はオーウェルと仏教には人間観において通底するものがあると感じています。

 オーウェルはイギリス人ですが、父親の赴任していたインドで1903年に生まれました。父親はインド帝国アヘン局の役人でした。

 オーウェルは1歳のときに母親とイギリスに帰国しています。名門イートン校に学びますが、幼少のころから、エリートには馴染めなかったようで、22年、19歳でインド帝国警察官としてビルマに赴任、27年に帰国の途に着くまで4年以上もビルマに滞在しました。このビルマ体験は、大英帝国の世界植民地政策に直結していたという点で、『1984年』の基礎となっています。

 オーウェルが33歳のときに第2次世界大戦の前哨戦ともいうべきスペイン内戦が勃発し、ジャーナリストとしてスペインに入り、前線で取材中に狙撃兵に狙われ、首に貫通銃創を受けています。そして、続く第2次世界大戦と大変な戦争体験をしています。

 オーウェルの人間観の核心は、“human decency”というものです。これは訳しにくい語句ですが、「エリート意識のない、普通の庶民がもっている誠実・善良・親切さの感覚」といわれるものです。そして、このhuman decencyの価値を侵害する世界がまさに『1984年』の世界(監視社会、倒錯社会)というわけです。

作品『1984年』(あらすじ)

 1950年代に勃発した核戦争後、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアという3つの大国に分割され、常に戦争状態にあった。オセアニアはビッグ・ブラザーと呼ばれる独裁者に支配された全体主義国家で、思想・言語・結婚などあらゆる市民生活に統制が加えられている。当局は常に「テレスクリーン」と呼ばれる双方向テレビジョン、町なかに仕掛けられたマイクによって全市民のほぼすべての行動を監視している。

 主人公はオセアニア真理省の記録局に勤務するウィンストン・スミス。「過去の歴史の改ざん」を担当するスミスは1984年、偶然に過去のある新聞記事を見つけたことで、絶対であるはずの党に対して疑問を抱くようになる。やがて、スミスはテレスクリーンから見えない場所で密かに日記を付けるという「重大な犯罪行為」に手を染める。

 オーウェルの歴史体験を貫いているのは、自らが属した大英帝国の植民地政策の虚偽・不正であり、オーウェルの信じる自由を許容した社会主義の対極にあるのがファシズムとコミュニズムです。今日の世界政治に現れている自由(liberty/freedom)の独善性・観念性・政治性・虚偽性の本質は『1984年』のなかに現れるビッグ・ブラザーが主管している真理省のスローガンである「戦争は平和なり(WAR IS PEACE)」「自由は隷従なり(FREEDOM IS SLAVERY)」「無知は力なり(IGNORANCE IS STRENGTH)」などに通じているといえます。

 アングロ・サクソンの帝国主義的統治情念の伝統は、現在の「自由を謳う」アングロ・アメリカンに連動・継承されています。右も左も保守も革新も民主も共和も、「自由」を誤解し、曲解し、宣伝し、ソフトな武器として利用しています。オーウェルが体験したビルマに象徴される植民地支配の構造は、現在もミャンマーにおいて、また東アジア、アフガニスタン、そして中東において維持されていると思います。

(つづく)

【金木 亮憲】


<プロフィール>
村石 恵照(むらいし・えしょう)

武蔵野大学客員教授・東京仏教学院講師・光輪寺住職。外国政府機関勤務、出版社経営、英文毎日コラムニストなどを経て武蔵野大学政治経済学部教授(2012年3月まで)。日本ビジネスインテリジェンス協会(BIS)副会長。研究領域は仏教学・日本文化論・イギリス思想(ジョージ・オーウェル)など。
論文・著作として”A Study of Shinran's Major Work; the Kyo-gyo-shin-sho”『東洋学研究』第20号、『旅の会話集(15)ハンガリー・チェコ・ポーランド語/英語 (地球の歩き方)』、『仏陀のエネルギー・ヨーロッパに生きる親鸞の心』(翻訳)、『オーウェル―20世紀を超えて』(共著)、「いのちをめぐる仏教知のパラダイム試論」『仏教最前線の課題』、『Gentle Charm of Japan』など多数。

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