2024年04月29日( 月 )

新型コロナ後の世界~「信頼の絆と弱者への労わりの心」を回復!(6)

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武蔵野大学客員教授・光輪寺住職 村石 恵照 氏

 今人類は、「パーフェクトストーム」(複数の厄災が同時に起こり、破滅的な事態に至ること)の洗礼を受けており、この地球は前代未聞の嵐に飲み込まれようとしている。「新型コロナ」後の世界の風景は、今生きている私たちの誰もが見たこともない、経験したこともない、考えたこともないものになる。そこでは、今までのように、現実の問題を唯々紡いでいくだけでは、一向に心の平穏は得られないし、未来も見えて来ない。

 村石恵照・武蔵野大学客員教授・東京仏教学院講師・光輪寺住職に話を聞いた。村石先生は20世紀文学の最高傑作『1984年』の著者ジョージ・オーウェルの研究者でもある。IMFは、新型コロナ後の世界について、2008年のリーマン・ショックを超え、1929年の世界大恐慌(オーウェルの生きた時代)に迫るとの予測を発表した。

新型コロナ後の世界を生き抜くために、『1984年』は必読書です

村石 恵照 氏

 村石 今、私たちの住む現代の社会は驚くほど『1984年』の作中の世界に近づいてきています。私は以上のような観点から、新型コロナ後の世界を生き抜いていくためには、ジョージ・オーウェルの『1984年』は必読書であると考えています。なぜならば、新型コロナは、結果的にビッグ・ブラザーに監視の口実を世界的に与えてしまったことになるからです。そのキーワードは支配力です。支配力の人格的シンボルがビッグ・ブラザーなのです。最近はDeep State(政府内の隠れた政府)という言葉を聞きますが、『1984年』は従来扱わなかった国際政治の深層を暗示させます。

 よく正義のために戦争をすると言いますが、これは詭弁です。オーウェルは「近代の戦争は違法な金儲けの大馬鹿騒ぎだ(Modern war is a racket)」と言っています。ビッグ・ブラザーは人々のなかに不安を醸成し、分断させます。 ビッグ・ブラザー は1人の独裁者ではなく、絶対にその組織の構成員がわからないようなエリート集団と想定され、人間を3階層(エリート層の「党内局」の人間、中間層の「党外局」の人間、最下層に「プロレ(プロール)」)に分けています。被支配者どうしの信頼関係を壊し、仲間どうしを戦わせ、疑心悪鬼にさせることによって統治を可能にしています。そして戦争の目的は戦争自身だというのです。最後に、オーウェルが何よりも郷土を愛する人であるという観点は、オーウェルと『1984年』を理解するうえで忘れてはならないことです。

すべての物事は歴史的、物理的に、ダイナミックに連動している

 ――最後に読者に明日へのメッセージをお願いします。

 村石 仏教的思考は決して特殊な思考ではなく「縁起」の思考です。すべての物事は歴史的、物理的に、ダイナミックに連動しています。人間関係を含めて一切の物事はつながりあっているのです。

 今世界の人口は約70億人ですが、人を網の目に例えれば、70億個の網の目がすべてつながりあっているといえます。しかも、平面ではなく立体的につながりあっているため、1つの網の目を引っ張れば、影響の大小はありますが、すべての網の目が影響を受けることになります。この縁起の時間的説明が「諸行無常」であり、空間的説明が「諸法無我」ということになります。

 とくに今は新型コロナの感染拡大で、多くの日本国民が冷静さを失って、他人の行動に疑心暗鬼になっています。また、巷には誤報やデマを含めて、膨大な数の情報が溢れています。賢明な読者の皆さまには、情報を受け取っても、そのまま鵜呑みにするのではなく、一呼吸おいて自分の頭、心で、もう一度咀嚼する余裕をもっていただきたいものです。

 常に一水四見の大局観をもち、決断の前に、聖徳太子の「憲法十七条」の最後の条文「それ事(こと)は独(ひと)り断(さだ)むべからず。必ず衆とともによろしく論(あげつら)うべし」(物事は1人で判断してはいけない。必ずほかの者たちと一緒に議論して決めなさい)を心がけ、この有史以来の難局に対処してほしいと思います。このような危機の時であればこそ、医学的なウイルス退治も大事ですが、それ以上に心のウイルス退治が重要なのです。

諸行無常
 この世の現実存在はすべて、姿も本質も常に流動変化するものであり、一瞬といえども同一性を保持することができないことをいう。「諸行」とは因縁によって起こるこの世の現象を指し、「無常」とは一切は常に変化し、不変のものはない。

諸法無我
 すべてのものは因縁によって生じたものであって実体性がない。諸行無常と並べられるが、行は因縁によって起こるこの世の現象を指すのに対し、法は涅槃すらも含むあらゆる事象を指している。この世のものは全部持ちつ持たれつでたった1つで存在するものはない。

一水四見
 仏教の認識論(唯識説)による縁起を説明する喩え。人間が水と見るものを、天人は瑠璃でできた美しい大地、地獄の住人は膿みで充満した河、魚は住処として見る。同一の客観的対象は、主観の認識能力・機能・立場等によって様々に認識されうること。しかも様々な観察者たちと彼らの共通とされる観察対象自体も、「即非の論理(鈴木大拙)」において、一切が相互に連動していて諸行無常の変化をしている。

(了)

【金木 亮憲】


<プロフィール>
村石 恵照(むらいし・えしょう)

武蔵野大学客員教授・東京仏教学院講師・光輪寺住職。外国政府機関勤務、出版社経営、英文毎日コラムニストなどを経て武蔵野大学政治経済学部教授(2012年3月まで)。日本ビジネスインテリジェンス協会(BIS)副会長。研究領域は仏教学・日本文化論・イギリス思想(ジョージ・オーウェル)など。
論文・著作として”A Study of Shinran's Major Work; the Kyo-gyo-shin-sho”『東洋学研究』第20号、『旅の会話集(15)ハンガリー・チェコ・ポーランド語/英語 (地球の歩き方)』、『仏陀のエネルギー・ヨーロッパに生きる親鸞の心』(翻訳)、『オーウェル―20世紀を超えて』(共著)、「いのちをめぐる仏教知のパラダイム試論」『仏教最前線の課題』、『Gentle Charm of Japan』など多数。

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