2024年04月19日( 金 )

コロナとニューヨーク~夏の声(前)

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大嶋 田菜(ニューヨーク在住フリージャーナリスト)

懐かしい蝉の声

 8月の半ばのある日の夕方、蝉の鳴き声がアパートまで突然聞こえてきた。ニューヨークで蝉の鳴き声を聞くのは珍しいため、気のせいかと思いながら耳をすますと、やはり蝉の鳴き声だった。日本に住んでいた時はよく聞いていた懐かしい音が、まるでスープの匂いを思い出す時のように頭に浮かんできた。

 蝉の声が珍しいと言っても、街中では聞くことがないだけかもしれない。セントラルパークで蝉の声を聞いたことがあるとおぼろげに記憶している。しかし、日本の蝉とは違って、ニューヨークの蝉の声は優しく、蝉が照れながら鳴いているように感じられた。

 ハイチ人の友達に日本のミンミンゼミの声を聞かせると、「こんなに激しい音を熱帯地域で聞くことはない」と笑われた。ニューヨークはまさか熱帯ではないが、耳を澄まさないと聞こえないほどに蝉の声はおとなしい。さらに、ニューヨークの蝉は鳴き始めても、すぐ鳴き止む。普通の声量では会話ができなくなるほどうるさく鳴く蝉は、日本にしかいないのだろうか。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、都市の人口が減ったため、蝉にとって以前よりも街中を飛び回る余裕があるのかもしれないと考えた。今年3月に新型コロナウイルスの感染者数が恐ろしいほど多く、ニューヨークの街全体のロックダウンが始まったばかりの頃のことがふと思い出された。

街中で見かけた何羽もの青い鳥

アオカケス

 当時は、アパートから少しも外に出られない状態が何日間も続き、窓から見える自宅の真向かいにある木の枝から葉が出てくるのを見ることが一番の楽しみだった。外はまるで人類が絶滅してしまったかのような静けさで、犬を散歩させる人すら見かけることはなかった。窓から外を眺めていると、青い鳥が木に止まっていることにふと気づいた。それも一羽でなく、何羽もの青い鳥が止まっていた。

 あの宝石のように輝く青い羽は、このマンハッタンの街中では間違いなく見ることのできないはずのものだ。普通の公園でも見かけることはなく、セントラルパークほどの大きな公園でなければ見かけないアオカケスだった。アオカケスが何羽も集まって、木の上で騒いでいるようだった。

 数週後、久しぶりに近所を歩いてまわると、また珍しい鳥を見かけた。セントラルパークでもなかなか見ることができないショウジョウコウカンチョウが、真っ赤な頭を振りながら、雑貨屋の上にひっそりと止まっていたのだ。新型コロナウイルスの感染者や死亡者は気の毒に感じているが、野生の鳥がのびのびと街中で活動するためには、人間は邪魔な存在になってしまうのだと感じた。

(つづく)


<プロフィール>
大嶋 田菜
(おおしま・たな)
 神奈川県生まれ。スペイン・コンプレテンセ大学社会学部ジャーナリズム専攻卒業。スペイン・エル・ムンド紙(社内賞2度受賞)、東京・共同通信社記者を経てアメリカに渡り、パーソンズ・スクールオブデザイン・イラスト部門卒業。現在、フリーのジャーナリストおよびイラストレーターとしてニューヨークで活動。

(後)

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