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2020年12月24日 16:22

「尖閣諸島をめぐる日中対立の真相と今後の打開への道」(1) 未来トレンド分析シリーズ 

国際政治経済学者 浜田 和幸

 11月末に来日した中国の王毅国務委員兼外相が茂木外相との記者会見の席上、尖閣諸島(沖縄県)への中国公船の派遣を正当化する発言をしたにもかかわらず、茂木外相がその場で反論しなかったことで、自民党内からもネット上でも異例の批判が相次いだ。茂木外相に言わせれば、「記者発表はそれぞれ1度ずつ発言するルールで行っており、王毅外相が後から発言したため、自分は反論できなかった。ルールを守ったので致し方なかった。外相会談では懸念を伝えた」と説明。どうも腰が引けているようだ。

 国際社会が認めるように、尖閣諸島は今や日中間の関係改善に立ちふさがるトゲのような存在になっている。もともとこれらの島々は沖縄県八重山諸島の北方170㎞に点在する無人島で、古くからその存在は知られていた。とはいえ、日本人による領有権を確定するような動きは明治の頃まで行われることはなかった。当然、中国領であるはずもない。1885年(明治18年)に沖縄県が尖閣諸島を調査し、その後、次々と日本人の進出が相次いだ。そうした動きを経て、ようやく明治政府は1896年(明治29年)になり、これらの島々を沖縄県八重山郡に編入したのである。

 一方、現下の日中関係において、これらの島々が政治問題化する背景になったのは、1968年に、その周辺海域に石油や天然ガスなど豊富な海底資源の存在が国連機関によって報告されたのがきっかけであろう。中国や台湾にとっても「石油や天然ガスが自国の経済発展に欠かせない」との認識から領有権を主張し始めるようになり、今日の緊張関係がもたらされる原因となったわけだ。

 中国の「環球時報」の論説曰く「日本には2つの選択肢がある。1つは退いて、緊張を緩和する道。もう1つは、このまま進んで中国との全面対決に至る道。日本がどちらの道を選択しても、中国はしかるべく対応する」。ここで重要なのは、日本が毅然とした対応を中国側に示して反論すべきに尽きる。

 残念ながら、日本の対応にも問題はあった。これまでの歴史的経緯に関する報告書にはさまざまなミスがあったにもかかわらず、今日に至るも放置したままにしていることだ。これでは、中国側に付け入るスキを与えているも同然である。一刻も早く、ミスを改め、正しい歴史を白日の下に明らかにする努力が求められる。

 実は、1885年(明治18年)、沖縄県が日本郵船から買い上げた出雲丸(720t)を派遣し、尖閣諸島の無人島に関する調査が行われた。その報告書を見れば、「これらの島々は人の住む所ではなく、鳥の住む場所に過ぎない」と記載されている。「島にはアホウドリが多数生息しているものの人が住むにはふさわしくない。また、人の住んだ形跡もない」との報告がなされていた。

 しかし、この「アホウドリの大群が生息している」との報告を受け、当時の沖縄県令の西村捨三氏は1885年11月5日付けで内務卿の山県有朋に対し、「至急、本県所轄の標識を建設すべき」との上申書を提出した。ところが、岩だらけの無人島をめぐり、清国との摩擦を避けようと考えた明治政府は、当時の外務卿、井上馨氏と、上申書を受け取った山県有朋との間で、沖縄県と清国との間に散在する無人島に日本の国標を建設することは延期すべきである、との決定を下したのである。

 とはいえ、明治20年代に入ると、資源を求めて日本人による尖閣諸島への進出が相次ぐようになったため、沖縄県は1890年(明治23年)、再び内務大臣に宛て、「これら無人島とはいえ、水産取り締まりの必要もあるため、八重山島の役所の管轄下に置くべき」との伺書を提出したのである。

 その後、1893年(明治26年)11月に沖縄県は、アホウドリや夜光貝を求めてすでに数多くの日本人がこれら尖閣諸島に進出していたため、是が非でも沖縄県の所管とすべく、標識を建設したい、との3度目となる願書を内務卿および外務卿に上申したのであった。その回答が出される前、1894年8月には日清戦争が勃発していた。

 翌1895年、日清戦争が終結した後、日本政府はようやく沖縄県に標識の建設を許可した。このように日本政府の対応が極めてスローであったことも、今日から翻って考えれば、中国側に領土要求の働きかけを許すきっかけを与えてしまったといえるのかもしれない。

 日本の外務省によれば、古賀辰四郎氏は1884年に魚釣島などの島々で漁業活動に従事しており、その活動を安定的に拡大する目的で「日本政府に対し国有地借用書を提出した」とされている。古賀氏は1896年9月に日本政府の許可のもと、魚釣島を無償で借り受けることとなり、その後30年間にわたり開発に従事したという。

 1925年に無償貸与の期限が終了。すると、古賀氏の息子である古賀善次氏が有償で払い下げを受け、1932年に魚釣島、久場島、南小島、北小島を購入し、いわゆる「所有者」になった。これらの島々を野田佳彦内閣は2012年に購入し、いわゆる「政府による国有化」を実現したわけだ。これが可能になった背景には、個人の所有者である古賀一族が戦後、これらの島々を栗原国起一家に譲渡していたためである。

<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)

 国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。最新刊は19年10月に出版された『未来の大国:2030年、世界地図が塗り替わる』(祥伝社新書)。2100年までの未来年表も組み込まれており、大きな話題となっている。

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