2024年05月08日( 水 )

コロナ禍における「世間」と「同調圧力」(前)

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九州工業大学名誉教授 佐藤 直樹 氏

同調圧力の強さが顕在化

佐藤 直樹 教授

 新型コロナウイルスの感染拡大により「自粛警察」「マスク警察」なる言葉が生まれ、改めて日本社会の同調圧力の強さが顕在化しました。同調圧力とは、少数意見や異論を唱える者に対し、周囲と同じ行動をするのを迫ることです。 

 日本は海外に比べ、同調圧力がとても強い国です。仕事を例に挙げますと自分の仕事が終わっても同僚がまだ残っているので、帰りづらい、周囲が有給休暇を取らないので自分も取りづらいなど多くの人が経験したことがあるかと思います。 

 コロナ禍においては無症状の感染者がいることで、国民が疑心暗鬼に陥ってしまい、恐怖・不安感が高まり、同調圧力が急激に高まった結果、自粛警察やマスク警察なるものが現れたわけです。 

 欧米は感染拡大防止のために、強権的な命令を発令して外出禁止、マスク着用の義務化、企業活動の制限、都市のロックダウンなどを行いました。一方、日本は、強制力がない「自粛」「要請」レベルにとどまったわけですが、それでも欧米に比べ感染者数が1ケタ少ない状況です。なぜ日本はこれほどまでに感染が抑えられたかというと、自粛・要請に応じない人間に対し「空気を読め」という世間からの同調圧力がかかるからで、強権を発動せずとも自粛・要請で十分なのです。 

 大阪府は4月24日、新型コロナウイルス感染拡大にともなう休業要請に応じなかったパチンコ店を公表したのですが、23日までに府のコールセンターには「●●というパチンコ屋はまだ営業している。けしからん」といった内容の通報が1,280件寄せられたそうです。これも日本の同調圧力の強さの一例だといえるでしょう。  「法のルール」が崩壊しても「世間のルール」が機能

  もう1つ例を挙げますと2011年の東日本大震災発生時、被災地で略奪や暴動が起きなかったことに加え、被災者が避難所で、とても冷静に秩序だった行動をとっている姿が海外メディアから賞賛されました。アメリカではハリケーンなどの災害が発生するとスーパーマーケットが襲われたりしますが、日本でそうしたことは起きませんでした。 

 海外、とくに欧米社会は法のルールのもとで動いていますが、逆にいえば「法のルール」がすべてであり、それ以外のルールは存在しません。災害などの異常事態時は警察が機能しません。警察が機能しないということは法のルールがなくなるということですので、略奪や暴動が起きてしまうのです。ところが日本の場合、被災地の住民たちが、避難所などで「世間」を形成し、そこに世間のルールができるわけです。 

 日本人は、昔から世間のルールに縛られており、常日ごろ、世間のルールを守っています。避難所においても自然と「世間のルール」が形成され、「あなたは炊事当番」「あなたはトイレ掃除」などと各々が役割分担を行い、非常事態下にあっても非常に秩序だった行動をとるのです。だから法のルールが崩壊したような状況でも、世間のルールがあったために略奪や暴動などが起きなかったのだと思います。 

 皆さん日本は治安が良い国だというイメージをもたれているかと思います。国連の調査によりますと日本の10万人あたりの殺人発生率は先進国でもっとも低く、アメリカの約19分の1、ヨーロッパ主要国の3分の1から4分の1、同じ東アジアの中国や韓国と比べても2分の1から3分の1程度です。殺人に限らず、日本に犯罪が少ないのは「法のルール」のほかに「世間のルール」が存在するからと言っても良いでしょう。 

 14年、マクドナルドで期限切れの鶏肉を使用するという事件がありました。こうした事件があった場合、日本の企業だとすぐに謝罪をすると思うのですが、ご存知のようにマクドナルドはアメリカの企業で、最初の会見では鶏肉の輸入先である中国企業が悪いのであって、自分たちも被害者であるというスタンスをとりました。しかし、その対応に批判が集まり、結局後日、謝罪会見をしています。なぜ、自分の責任ではないのに謝罪をしないといけないか。それは世間を騒がしてしまったからです。世間を騒がせたからといって謝罪するのは世界で日本だけでしょう。

(つづく)

【新貝 竜也】


<プロフィール>
佐藤 直樹
(さとう・なおき)
 評論家 1951年仙台市生まれ。九州大学大学院博士後期課程単位取得退学。英国エジンバラ大学客員研究員、福岡県立大学助教授、九州工業大学教授などをへて、九州工業大学名誉教授。99年「日本世間学会」創立時に代表幹事。主な著書に、『同調圧力-日本社会はなぜ息苦しいのか』(鴻上尚史との共著・講談社現代新書)、『なぜ日本人は世間と寝たがるのか-空気を読む家族』(春秋社)、『加害者家族バッシング-世間学から考える』(現代書館)、『犯罪の世間学-なぜ日本では略奪も暴動もおきないのか』(青弓社)、『目くじら社会の人間関係』(講談社+α新書)など。 

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