2024年04月25日( 木 )

菅首相の「CO2実質ゼロ」宣言~原発と再エネの綱引きが激化(前)

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認定NPO法人環境エネルギー政策研究所 所長 飯田 哲也 氏

 政府が昨年10月に掲げた「2050年CO2実質ゼロ」宣言により、原発の再稼働を求める声が高まっている。一方、再生可能エネルギーの導入拡大の制約となる規制の改革に向けて、河野太郎行政改革担当大臣が主導するタスクフォースも動き出した。再エネ政策の提言を行っている認定NPO法人環境エネルギー政策研究所所長・飯田哲也氏に2021年の再エネの動向と展望を聞いた。

もう原発の時代ではない

認定NPO法人環境エネルギー政策研究所 所長 飯田 哲也 氏
認定NPO法人環境エネルギー政策研究所
所長 飯田 哲也 氏

 「菅義偉首相が2020年10月に『2050年CO2実質ゼロ』とする目標を掲げたことは再生可能エネルギーの普及に向けて大きな追い風となりました。しかし、自民党や経団連から目標を実現するためにCO2排出量の少ない原子力発電所の再稼働・新設が必要だという声が高まっていることが懸念されます」と認定NPO法人環境エネルギー政策研究所所長・飯田哲也氏は話す。 
 原発の建設コストは福島第一原発事故以前から高騰傾向にあり、事故以後の規制強化でさらに急増した。(株)日立製作所は英国で原発2基を建設する「ホライズン・プロジェクト」で約3,000億円の損失を計上し、採算のメドが立たずに撤退した。

 (株)東芝は、米国の原発企業・ウエスチングハウスを買収したが、採算を確保できず16年末に債務超過に陥った。そもそも採算が合わず、建設期間も長期を要し、建設でも遅延につぐ遅延を重ねる原発は、気候変動対策、エネルギー源としても不適切であることが10年以上前に明らかになっている。これに対して、この10年でもっとも安いエネルギー源となった太陽光、風力発電という再エネが、世界で大きな潮流となっている。 

 「ほとんどの人は、再エネで全電力を十分に確保できることを知りません。菅首相は、CO2実質ゼロの実現に向けて原発推進派の中心にいる自民党二階派と、再エネ推進・原発消極派で世間からの人気も高い河野太郎行政改革担当大臣、小泉進次郎環境相、自民党の秋本真利衆議院議員の両方に支えられています。菅首相は、安倍晋三前首相や今井尚哉前秘書官とは違って、自ら確信犯的に原発を推進する信念はありませんが、菅首相を政治的に支えている二階派が強くなると原発再稼働を進めざるを得なくなります」(飯田氏)。 

100年に一度 激変する自動車産業

 CO2排出量が多い自動車産業も、EV(電気自動車)化と自動運転化に向けて大きく動いている。トヨタ自動車(株)の豊田章男社長は、トヨタ自動車の時価総額を米国のテスラが上回ったことに対して、20年11月の第2四半期決算説明会で、トヨタはEVの品ぞろえが豊富な「フルラインアップメーカー」であり、リアルビジネスの立ち上げ段階であるテスラの一歩先を行っていると発言した。しかし、「世界的には、この発言は批判的に見られています。蓄電池や自動運転の技術力は、テスラが圧倒的にリードしているという見方が強いです」(飯田氏)。 

 イギリスやフランスなど欧州では、30年にガソリン・ディーゼル車、35年にハイブリッド車の新車販売が禁止されるため、豊田氏は12月17日、欧州ではEVを急速に普及させようとする一方、EVの電力供給や生産過程でのCO2排出を懸念すると発言した。

 日本の自動車業界は、電動化や自動化で大きな遅れを取っている。「EV生産で先行してきた日産も、技術力では圧倒的に進んでいるテスラの後塵を拝しています。トヨタやホンダは、燃料電池車などに時間や資金、人材を割いてきましたが、EVが主流になるとそれらが無駄骨になる可能性が高いです。自動運転技術もGoogleやテスラ、中国の百度(バイドゥ)などが先行し、トヨタは自動運転の企業に出資するのみであり、自社の技術がないことが懸念されています」と飯田氏はいう。

 今後、車の利用は主にEV自動運転のロボタクシーに急速に変わるとみられている。ウーバーの自動運転開発子会社ATGは、EVを用いた無人の自動運転サービスを本格的に始めようとしており、中国でも無人運転サービスがすでに開始されている。

 「ロボタクシーの普及で、数年後には自家用ガソリン車の購入が不要になり、10年以内に自動車販売市場が大規模に蒸発する可能性があります。自動車業界は100年に一度の大転換期を迎えており、数年後にはその兆候が出てくるでしょう。しかし、そうなるとほぼ何の備えもできていない日本の自動車産業は大きな打撃を受けると懸念されます」(飯田氏)。

(つづく)

【石井 ゆかり】


<プロフィール>
飯田 哲也
(いいだ・てつなり)
1959年山口県生まれ。京都大学工学研究科原子核工学専攻修了、東京大学大学院先端科学技術研究センター博士課程単位取得満期退学。認定NPO法人環境エネルギー政策研究所所長。日本のFITの起草者で、自然エネルギー政策では国内外の第一人者かつ日本を代表する社会イノベータ。国内外に豊富なネットワークをもち、REN21運営委員、自然エネルギー100%プラットフォーム理事などを務め、2016年には世界風力エネルギー名誉賞を受賞。日本でも国・自治体の委員を歴任。著書に『北欧のエネルギーデモクラシー』(新評論社)、『エネルギー進化論』(ちくま新書)、『メガ・リスク時代の日本再生戦略』(共著、筑摩書房)など多数。

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