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2021年02月09日 09:09

【長期連載】ベスト電器消滅への道(17)問われるヤマダ電機の真価(2)

 かつて家電業界で日本一の売上高を誇ったベスト電器がヤマダ電機に完全に吸収された。なぜ、このように消滅するという事態になったのか!当社は長期にわたってベスト電器に関する記事を掲載してきた。今回の連載では、ますベスト電器によるビックカメラとの合併の試みの破綻、ヤマダ電機による買収の歴史を遡ってみた。つづけて、比較検討対象として、ユニード、寿屋というほかの地場有力企業の挫折について振り返り、没落していく企業には内部の腐敗、戦略の欠如といった問題が散見されることを確認した。最後に、家電業界に君臨するヤマダ電機が行っている組織の再編、戦略をみていく。

 こうして組織を再編し、新たなスタートを切ったヤマダHD。その歴史は、創業者である山田昇会長が、1973年に群馬県前橋市で店舗面積8坪のヤマダ電化サービスを開業したことから始まった。松下電器産業(現・パナソニック)のナショナルチェーンの店舗で、妻と2人で店を切り盛りし、主に近所への訪問販売を行う街の電気店だった。

 当初から、経営理念として「創造と挑戦」を掲げて、2度のオイルショックや外国為替の変動相場制への移行の影響で円高が進んだ時期に業績を拡大し、78年には5店舗を展開し、年商6億円を超えるチェーン店となった。

 これに先立つ55年、栃木県宇都宮市において小島勝平氏が、個人商店の小島電気商会を創業。63年に小島電機(現・コジマ)を設立して法人化し、72年から栃木県内での多店舗化を開始、84年から県外にも進出し、関東を中心に多店舗展開を進めた。

 一方、山田会長も83年にヤマダ電機を設立、FCチェーン展開に乗り出し、ロープライス戦略を採用して物流センターを開設するなど、事業拡大に邁進した。

 80年代から90年代にかけて、栃木、群馬、茨城の北関東で、両社は出店競争を繰り広げ、茨城を地盤とするカトーデンキ販売(現・ケーズホールディングス)も加わり、各地で「YKK戦争」と呼ばれる激しい価格バトルが勃発した。バトルはエスカレートして、パソコン1台1円、テレビ1台5円という超破格値も登場、競争はより熾烈なものとなった。

 そうしたなかで、ヤマダ電機は「当店の店頭価格より安値をつけた他店のチラシをお持ちいただければ、その価格より3%値引きします」という戦略に打って出て攻勢を強めた。

 北関東は、車社会であるため、街中ではなく郊外のロードサイドに出店することで客を集めた。低価格と品ぞろえの豊富さが支持され、各社は勢力を拡張して街の個人経営の電器屋を駆逐していった。

 その後、コジマ(93年に社名変更)は、97年にそれまで業界1位だったベスト電器を抜いて家電量販店のトップに躍り出て、2001年には売上高5,000億円を超えた。

 これに対して劣勢に立たされたヤマダ電機は、大型店出店の規制緩和にともない、他社に先駆けて店舗を大型化、競争力を高めて対抗した。AV(音響・映像)機器やパソコンの普及にともない取り扱う商品を増やした。ヤマダは3,000m2とそれまでの2倍の広さの規模の店舗を展開して出店を加速し、1997年度には売上高1,000億円を達成した。

 99年には京都府八幡市に関西1号店をオープンして全国展開に本格的に着手、既存店のリプレイスを進めながら競争力を高め、各地の家電量販店との提携や買収によって店舗網を広げていった。

 そして、2002年にはついにコジマを抜いて家電量販店の最大手となり、05年には、専門量販店として初めて売上高1兆円を達成、徳島県に出店して初の全都道府県進出をはたした。06年度には、業界シェアが2割を占めるようになり、他社を大きく引き離した。

 その後は郊外から都心の繁華街の駅前に「LABI」業態を展開、新たな立地戦略を採り、ヨドバシカメラやビックカメラと激突しながら、業績を拡大させた。さらに、携帯電話などモバイル機器を専門に扱う小型店「テックサイト」の展開にも着手、テレビ通販にも進出し、販路を拡大した。10年度には2兆円企業となり、海外での店舗展開も進めていった。

 こうして、家電量販店トップの地位を不動のものにして、新たな事業領域にも進出した。11年には住宅メーカーのエス・バイ・エル(株)(現・ヤマダホームズ)を傘下に収め、「S×L by YAMADA」のブランド名で太陽光発電・オール電化などを備えた「スマートハウス」の販売に注力した。

 翌年には、住宅機器メーカーの(株)ハウステックも買収、住宅事業を次代に向けた新たな成長エンジンとして位置づけ、態勢を拡充した。17年には、住宅展示を併設した体験型店舗「LABI LIFE SELECT千里」(大阪府豊中市)をリニューアルオープンし、新業態「家電住まいる館」の展開もスタートした。

 一方、コジマは売上で大きく引き離されて業績は低迷、ビックカメラの軍門に下り、経営の再生を目指すことになった。創業者一族が経営から退き、店舗名も「コジマ×ビックカメラ」への変更を進め、ビック色を強めて現在に至っている。

 このように明暗がわかれた両社だが、命運を分けたのは出店戦略。コジマが郊外立地に固執して店舗の大型化で後れを取り、直営店の自前路線にこだわったのに対し、ヤマダ電機は立地創造に意欲的で、M&Aにも積極的であった。とくに今回再編したベスト電器、マツヤデンキといった地方の有力企業に触手を伸ばし、傘下に収めてきたことが大きく影響している。

(つづく)

【西川 立一】

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