2024年05月07日( 火 )

2022年以降の世界経済秩序~米中激突と日本の最終選択(1)

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 グローバリズムや自由貿易といった「幻想」は雲散霧消した。米国は左右に引き裂かれ、欧州は泥沼状態にある。一方で中国やロシア、東欧などでは全体主義の傾向が強まっている。2022年以降の世界経済秩序はどうなるのか。谷口誠元国連大使・元岩手県立大学学長に聞いた。陪席は日本ビジネスインテリジェンス協会理事長・名古屋市立大学特任教授の中川十郎氏。話は谷口氏と親交がありノーベル賞候補だった2人の傑物、三島由紀夫氏と森嶋通夫氏にまでおよんだ。

元国連大使・元岩手県立大学学長 谷口誠 氏

リーダーの資質に欠ける米中両トップ

 ――2022年以後の世界経済秩序を占っていただきますが、その前に21年の世界経済秩序の動向についてお聞かせください。

左から谷口氏、中川氏
左から谷口氏、中川氏

 谷口誠氏(以下、谷口) アメリカも中国も領土・人口・GDPなどを見れば、間違いなく大国です。しかし、アメリカであればトランプ前大統領やバイデン新大統領、中国であれば習近平国家主席などを両国のかつての大統領、国家主席と比較すると、リーダーとしての資質・能力や雅量の大きさなどで双方とも劣っているように感じています。

 従って、どちらも世界のリーダーとなれるかどうかについては疑問をもっています。中国はOECD(経済協力開発機構)やIMF(国際通貨基金)などの予測を見ても、30年前後にはGDPで間違いなくアメリカを抜くでしょう。しかし、国がどんなに大きくなったからといって、世界のリーダーになれるとは限りません。

 かつて中国の毛沢東主席と周恩来首相が当時の田中角栄首相と大平正芳外務大臣に対峙したときのことを思い出すと、もちろん中国のGDPは今よりはるかに小さかったのですが、歴史と文化に裏打ちされた大国としての意識や雅量が今よりはるかに大きく感じられました。物事を100年、200年のタイムスパンで考えることのできる大きな国であると思いました。

 私は国連で、1974年に中国の鄧小平共産党副主席と水田三喜男自民党政調会長(当時)との会談に通訳として同席したことがあります。中国のリーダーが初めて国連の国際会議に出てきたときのことです。鄧小平副主席は中国の古典「韓非子」()や有名な詩人である李白や杜甫などの言葉を引用して政治を語りました。一方、水田政調会長も文化・教養のレベルが高く、中国の古典にも精通しており、その議論の応酬は実に見事なものでした。

 2人の会談のやりとりを聞いていた外務省のチャイナ・スクールの人たちが、「これからしばらくは、中国は鄧小平副主席の時代が続く」と語ったことが強く印象に残っています。現在、中国の古典や漢詩を引用しながら、日中交渉を行うことのできる政治家や財界人は日本にはほとんどいません。昔の日本の政治家は日本のことはもちろん、中国の古典・文化にも精通しており、同じく中国の政治家も日本の古典・文化に精通していました。

 ――今の中国の政治家はそうではないのですか?

 谷口 私はOECD時代には、中国の李鵬首相とも会談しました。その際、私は「中国が近代化していく過程では、成長とともにとくに環境問題が重要になってくる」という文書を中国語に翻訳して持参しました。李鵬首相は水力エンジニアリングの専門家でテクノクラ―トでした。私との会談ではダムの話ばかりしていて、環境問題には関心を示さず、「世銀は資金援助してくれるのにOECDは理屈ばかり言って資金協力をしてくれない」と不満ばかり言っていました。

 ところが、翌年に再度訪中したところ、私が提案した「OECDの環境3原則」が、そのまま「中国国家の環境3原則」になっていました。中国のすばらしいところは、学ぶところは学び、すぐには実現できなくても、かつて親子三代にわたってでも決してあきらめず、揚子江の洪水を防ぐために支流をつくった故事に学ぶところが多く、長期戦略を立ててやり抜くことです。

 当時と比較して今の中国を見ていると、大国と感じることができないのは残念です。良くも悪くも官僚化してしまったという感じを受けています。

※:中国戦国時代の法家である韓非の著書。春秋戦国時代の思想・社会の集大成ともいわれている。韓非は百家争鳴と呼ばれる中国思想史の全盛期に生まれた政治家。書中では、わかりやすい説話から教訓を引き、権力の扱い方とその保持について説いている。 ^

(つづく)

【聞き手・文:金木 亮憲】


<プロフィール>
谷口 誠
(たにぐち・まこと)
 1956年一橋大学経済学部修士課程修了、58年英国ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジ卒、59年外務省入省。国連局経済課長、在ニューヨーク日本政府国連代表部特命全権大使、OECD事務次長(日本人初代)、早稲田大学アジア太平洋研究センター教授、岩手県立大学学長などを歴任。現在は「新渡戸国際塾」塾長、北東アジア研究交流ネットワーク代表幹事、桜美林大学アジア・ユーラシア総合研究所所長。著書に「21世紀の南北問題 グローバル化時代の挑戦」(早稲田大学出版部)など多数。

中川 十郎(なかがわ・じゅうろう)
 東京外国語大学イタリア学科国際関係専修課程卒後、ニチメン(現・双日)入社。米国ニチメン・ニューヨーク本社開発担当副社長を経て、愛知学院大学商学部教授、東京経済大学経営学部教授など歴任。日本ビジネスインテリジェンス協会理事長、中国競争情報協会国際顧問、日本コンペティティブ・インテリジェンス学会顧問など。著書多数。

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