2024年04月26日( 金 )

2022年以降の世界経済秩序~米中激突と日本の最終選択(8)

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 グローバリズムや自由貿易といった「幻想」は雲散霧消した。米国は左右に引き裂かれ、欧州は泥沼状態にある。一方で中国やロシア、東欧などでは全体主義の傾向が強まっている。2022年以降の世界経済秩序はどうなるのか。谷口誠元国連大使・元岩手県立大学学長に聞いた。陪席は日本ビジネスインテリジェンス協会理事長・名古屋市立大学特任教授の中川十郎氏。話は谷口氏と親交がありノーベル賞候補だった2人の傑物、三島由紀夫氏と森嶋通夫氏にまでおよんだ。

元国連大使・元岩手県立大学学長 谷口誠 氏

東アジア全体で「不戦の宣言」を

 ――来年開催の「2022年2月22日22時22分22秒に不戦の宣言を」についてお聞かせください。

谷口 誠 氏
谷口 誠 氏

 谷口誠氏(以下、谷口) 「2022年2月22日22時22分22秒に不戦の宣言を」(2が重なる瞬間に、東アジア各国の首脳が「もう戦争はしない」という宣言を出すことを呼びかける)は、西原春夫元早稲田大学総長が発起人となり、人類の危機であるコロナ禍を機に、戦争経験者が改めて戦争放棄を世界に伝えるプロジェクトです。

 10代以上で太平洋戦争を経験した人たちは、85歳以上となりました。19年に「東アジア不戦推進機構」という団体を設立し、企業家から文化人までさまざまな領域から賛同人が集まりました。作家・宗教家の瀬戸内寂聴氏、茶道裏千家太宗匠の千玄室氏、イトーヨーカ堂創業者の伊藤雅俊氏、狂言師・人間国宝の野村萬氏など約20名が賛同人に名を連ねています。

 終戦のとき私は10代で、大阪砲兵工廠(大口径の火砲などを製造していた軍事工場)で働いていました。日本がポツダム宣言を受託した8月14日に、グアムから飛び立ったB29 の攻撃を受け、大阪砲兵工廠は壊滅しました。昼間の勤務であった学徒などが亡くなりました。私は夜間勤務で助かりましたが、惨状を見たときの驚きは今も忘れることができません。亡くなった学徒の死体を運ぶ手伝いもさせられました。

 賛同人に名を連ねたのは、人類の危機であるコロナ禍を契機に、改めて戦争放棄を世界に伝えたい、過ちを後世の人に繰り返えさせてはならないと思ったからです。このプロジェクトで西原氏のすごさを感じた点は、「『敵が攻めてきたらどのように国を守るか』という政策は必要だが、実はこれには敵をつくり軍拡を招くというリスクが含まれている。それよりも、『どのようにして攻めてくる国がないようにするか』を考えるのが先決ではないか。このような発想の転換を大勢の人々と共有したい」と語ったことです。私も同感であり、とくに相互の経済発展や文化・学術交流などを通じて、信頼関係を醸成していくことが最も重要ではないかと思っています。

左から谷口氏、中川氏
左から谷口氏、中川氏

 新型コロナウイルスは人類全体の敵なので、先進国も途上国も一致団結して立ち向かわなければなりません。しかし、今はその戦いができていません。これが現在の世界に優れたリーダーがいない証です。米国は左右に引き裂かれ、欧州は泥沼状態にあります。その一方で、中国やロシア、東欧などでは全体主義の傾向が強まっています。

 21世紀の世界経済秩序を展望するとき、私は日米同盟も不変ではあり得ず、米中関係も変化し、またこれに対応するために日本の対中、対アジア政策も変わらざるを得ないと考えています。米中貿易戦争は日本の出番と申し上げましたが、日本はアメリカの戦略だけに従属することをやめて、米国とも中国とも欧州諸国とも等距離を保ち、長期的視野に立って自主的・多角的外交を展開しなければなりません。この点について読者の皆さまにもご理解いただき、応援していただきたいと思っています。

 ――中川先生からも読者へのメッセージをいただけますか。

 中川十郎氏(以下、中川) 今アジア諸国の首脳たちは、内輪の会合で日本のことを過去の栄光ばかりに囚われている「Old Gold Medalist(年老いた金メダリスト)」と呼んでいるそうです。

 この意味を日本政府の首脳は十分に理解できていません。かつて日本はアジアを代表するゴールドメダリストでした。しかし、今は年老いて力がなくなり、その面影さえも感じられないと彼らは見ているのです。

 今回のコロナ禍は日本にとって1つの教訓と転機を与えてくれました。22年以降は、今までと同じやり方ではだめだと思います。気持ちを入れ替えて、国民が一丸となって新しい時代に向けた「パラダイムシフト」(社会構造変革)が必要です。

 このことを政界・官界・経済界・学界などすべての領域で真剣に考え、明治維新のときのように、すべての社会組織を組み替えるようなことができなければ、日本の衰退を抑えることはできないと思います。

 とくに近年の科学技術の劣化は、先進諸国で日本だけがコロナワクチンを製造できていないことを見ても明らかです。今後もこの大きな課題に取り組んでいきたいと考えています。

(了)

【聞き手・文:金木 亮憲】


<プロフィール>

谷口 誠 氏谷口 誠(たにぐち・まこと)
 1956年一橋大学経済学部修士課程修了、58年英国ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジ卒、59年外務省入省。国連局経済課長、在ニューヨーク日本政府国連代表部特命全権大使、OECD事務次長(日本人初代)、早稲田大学アジア太平洋研究センター教授、岩手県立大学学長などを歴任。現在は「新渡戸国際塾」塾長、北東アジア研究交流ネットワーク代表幹事、桜美林大学アジア・ユーラシア総合研究所所長。著書に「21世紀の南北問題 グローバル化時代の挑戦」(早稲田大学出版部)など多数。

中川 十郎 氏中川 十郎(なかがわ・じゅうろう)
 東京外国語大学イタリア学科国際関係専修課程卒後、ニチメン(現・双日)入社。米国ニチメン・ニューヨーク本社開発担当副社長を経て、愛知学院大学商学部教授、東京経済大学経営学部教授など歴任。日本ビジネスインテリジェンス協会理事長、中国競争情報協会国際顧問、日本コンペティティブ・インテリジェンス学会顧問など。著書多数。

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