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2021年05月08日 07:00

知的に自立した若者を育てよ〜教育現場からの報告と提言(3)

ライター 黒川 晶

進級・卒業そのものを目的とする不毛な苦行(つづき)

 このような調子でこれまでどうやって入試や定期試験をクリアしてきたのか、と学生に率直な質問をぶつけてみたことがある。そのとき、ある学生の一群(私立大)は、それは誇らしげに筆者にこう語ってくれた。「先生、短期記憶ですよ、短期記憶。この技を身につけるんです」。具体的には、出題範囲に関する入念なリサーチに基づき、当該箇所を試験までにとにかく丸暗記するのだそうだ。その際、わからないことがあっても、その意味やロジックなど決して考えてはならないという。苦しみはすぐ終わると自らを励ましつつ、テキストやノートに書かれた「正解」を、何十ページも、試験当日まで記憶が残るよう、目に焼き付けていくのだと。残すべきその「記憶」にしても、「単位を落とさない程度」を思い出せればそれで良い、と….。

 こんな苦行に、彼らはいったい何の意義を見出し続けているのか。彼らの説明によれば、高校や大学で教養や技術を身につけられるに越したことはないが、最優先すべきは、とにかくどこか大学に入り、とにかく単位を落とさず4年で卒業し、どこでもいいからとにかく就職することだという。そうすることが、親を「安心」させることだからだ、と。就職にしても、給料が出るならどこでも構わない、数年我慢してお金が貯まったらサクッと辞める、そのときにやっと自分がやりたいことを始められると考えている学生が何人もいた。そこには、自分のために無理しながら高額な学費を出してくれている、親に対する感謝の念と、一種の罪悪感のようなものが滲み出ている。

 このように、多くの学生らが高すぎる学費と親世代の貧困に直面しながら(実際、ある教え子は奨学金を父親の借金の返済に充て、自らは毎日、夕方から朝まで複数のアルバイトを掛け持ちしていた。また、英語が非常に堪能だった別の教え子は、途中で学費が払えなくなり、退学を余儀なくされた)、特定の教科の特定の教師が用意した「正解」を直ちに言い当てる技術を磨くという不毛な作業に、貴重なエネルギーと時間を費やしている。これでは日本の国際的競争力が低下していくのは当然だ。AIの急速な発展により、既存の多くの職がほどなく失われるといわれるいま、そんな受け身の「マニュアル」人間だらけでは、日本はもはや、自律した一個の国家として生き残っていけない。

 学費の問題は早急に対策が講じられる必要があるが、日本の大学入試の在り方、とりわけ「マークシート方式」と「指定校推薦」制度にも、同等の危機感をもってメスを入れるべきと筆者は考える。これらの形態の受験を準備する過程で、若者たちはかくも不毛な思考回路を植え付けられるように見受けられるからである。

主体的思考の放棄の訓練〜「マークシート方式」

 「マークシート方式」は、周知の通り、提示された数個の選択肢から正解を選び、答えさせる試験形態である。1979年に「共通一次試験」で国立大学の一次試験として導入されて以来、私立大学にもどんどん広がってゆき、今や日本の受験生のほぼ全員がこの方式での受験を経験すると言っても過言ではない。記述・論述問題を一切課さず、「マークシート方式」の試験のみで合否判定を行う大学・学部もずいぶん増えた。

 諸外国の入試が全面的に記述・論述式(ドイツ、フランスなど)、あるいはこれと併用するかたちでの選択式(米国、イギリス、中国、韓国など)であることを考えると、まことに奇妙な話であるが、とにかく採点業務の効率化や判定の公平性といった点が強調される。とくに私立大の場合は、受験料収入を維持したい(記述・論述式よりハードルが下がるために、高校生や親らから受験を敬遠されない。いわゆる「記念受験」や「滑り止め」層も取り込むこともできる)という「大人の事情」も大きいと聞く。

 しかし、この方式での大学受験を経験したことのある人なら覚えがあるのではないか。1つ1つの知識・情報をさほど精緻に覚えていなくても、選択肢が正解候補となるキーワードを拾い上げてくれているために、「ヤマカン」で当たることも多い。問題や選択肢を慎重に検討していて時間が足りなくなったとき、残りの設問を無回答のまま提出して無条件に0点となるよりは、当てずっぽうに解答欄を塗りつぶして「確率」に賭ける。あるいは、そのような事態を避けるために、問題文や選択肢をじっくり吟味することなど、最初からある程度あきらめておく。

 何より、「正解」は出題者が提示する選択肢のなかに必ずある、というのがこの方式の大前提なのだから、自分が主体となって「正解」を導き出し、これと一致する選択肢を選ぶという道筋をたどるよりも、むしろ初めから出題者の意図を「忖度」して臨み、それに沿うような選択肢を選んだ方が効率的である。あるいは、「アラ」が見つかった選択肢からどんどん捨てていき、最後に残った1つを「正解」とする……. 。

 高校や塾で鍛えられる、「マークシート方式」攻略のためのこうした「テクニック」の数々を思い起こすとき、上記で報告した大学生たちの思考様式と見事に対応していることに気づくだろう。ひどく大雑把な情報認識、「正解」を「即答」することそのものに対する異常な執着、根拠を欠いた賭け、教員に対する「忖度」。知的に自立した一個人であることを放棄するこれらの態度は、「マークシート方式」をそうした「テクニック」で乗り切ったことが、一種の「成功体験」としてあるからではないのか。

(つづく)

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