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2021年05月09日 07:00

知的に自立した若者を育てよ〜教育現場からの報告と提言(4)

ライター 黒川 晶

競争の忌避とそれが生み出す分断〜「指定校推薦」制度

 近年拡大の一途をたどる「指定校推薦」制度は、若者らのそうした傾向を助長するのみならず、学生らのうちに要らぬ分断さえ生み出している。大学が特定の高校と協定を結び、その高校が推薦する一定数の生徒を、事実上大学側の選考なしに受け入れる(筆記試験や面接を課す場合でも、基本的にほぼ全員合格する)このシステム。かつては1高校に数人、高校を代表するとみなされる真に優秀な生徒だけが、特定の大学に推挙されるという性質のものだったが、いまや「指定校推薦」枠の多さを売りにする私立高校が急増、大学も多数の高校と協定を結び、募集定員の半数近くをこれに当てている所も多い。要は、少子化を背景とする学生の「囲い込み」である。

 高校における学業の優秀さ(「評点〇〇以上」など)や課外活動における活躍が推薦の条件とされるが、試験問題が違うのであるから、当然高校によって成績評価の基準はバラバラである。そもそも、誰にどの範囲のどの点を問われるか、試験当日までわからぬ一般入試とは異なり、生徒は出題範囲が限定された定期試験(加えて、多くの場合、出題者は当該教科の担当教員である)で好成績を積み重ねていけば良い。このようにして、高校生のうちに「教科書・ノート丸暗記」の悪習や教師への「従順さ」を最優先する風潮が蔓延している。

 さらに筆者を驚愕させたのは、ある高校で目撃した、「指定校推薦」枠をめぐり生徒らが事前に「談合」を行う姿である。その高校はたくさんの大学・学部の推薦枠を用意していたが、各々の推薦定員は1〜2人である。定員を超えた応募があった場合、高校は成績に基づき生徒を篩(ふるい)にかける。

 この事態(生徒たちの用語では「カブる」)を防ぐため、推薦を希望する生徒らは、誰がどの「枠」に応募するか、あらかじめ内輪で割り振りを決めていたのだ(ここでの「申し合わせ」に反し、推薦を希望する大学を急に変えたある生徒は、「裏切り者」としてほかの生徒たちから激しく糾弾されていた)。ここでの生徒らの行動原理は、どの大学で何を学びたいかではなく、いかに競争から逃げるかということである。

 そのようなかたちで大学に入学することになった生徒のなかには、入ったものの、学風やカリキュラムが自分に合わず、学修意欲をすっかりなくしてしまった者がいる。あるいは、高校のメンツを潰さぬようにと言い聞かされているため、「とにかく単位を落とさず問題を起こさず」を至上命令に、4年間の大学生活を「しのぎ切る」という者もいる。

 その上、「指定校推薦」組は一般入試組から侮蔑の目を向けられるということすらあるという。「指定校推薦」枠が定員の大きな部分を占めるようになったために、一般入試による入学の門戸が狭くなり、困難の度合いを増したからだ。「滑り止め」も含めて受験勉強期間が長引くなか、そうそうと入学が決まっている「指定校推薦」組の姿(卒業式までの授業を、「消化試合」のようにして、不真面目に受ける生徒も多い)は、一般入試組の側に大きな憎しみをかき立てる要因になっている。

提言:論述試験の導入を通じ、知識・情報の運用力を育成せよ

 以上のように、若者らにかくも不健全な思考様式を生じさせる「マークシート方式」および「指定校推薦」制度の見直しと、論述式試験の導入を強く主張する次第である。

 1つのモデルとして、フランスの大学入学試験「バカロレア」は参考になろう。これは国家資格であり、すべての科目が記述・論述式。合格した学生は、基本的に、希望する国内のどの大学にも入学を許される。注目すべきは、文系理系を問わず、すべての受験者に「哲学」という科目が必修として課される点だ。

 この試験では、「芸術作品を解釈することは何の意味を有するか」(人文系、2019年度、以下同)、「労働は人々を分断するか」(社会経済系)、「義務を認識することは自由を捨て去ることと同義か」(理系)、「交換されうるものだけが価値あるものか」(技術系)といった、「正解」のない、しかし人間や社会の本質に関わる種々の問いに、各々の学生が4時間かけて、自らの見解を展開させていくことが求められる。

 そこで問われているのは、知識や情報の「暗記力」それ自体ではない。むしろ、それを前提とし、知識・情報のストックから根拠となるべきものを選び出し、それらを論理的に運用して、説得力ある1つの論を構築する「技術」が備わっているかであり、高校での教育もそうした知識の運用力養成にこそ、力が注がれている。

 論述式入試を主張すると、すぐさま「採点する人員が足りない」と反論が飛んでくる。それは、営利団体と化した大学がコストカット=教員削減に励んできたことが原因であり、増やせば良いだけのこと。

 求められるのは論理性や例示の豊富さ・適切さを判定する作業であるが、そんなことも簡単にできない大学教員など、その資格はないと言われても仕方あるまい。採点の「公平さ」を問題にする者もいる。これは(フランスがそうであるように)採点基準に関する明確な申し合わせを採点者が共有すれば済む。そもそも、「公平さ」をうんぬんするのなら、(各地の大学医学部で蔓延しているという)男子受験者だけに大幅に加点するとか、(某文科省官僚がしていたような)裏口入学のような慣習をこそ、まずは撲滅すべきではないか。

 「Google先生」がいるいま、若者らにとって、特定の知識だけを与える教師など何の権威もない。彼らが教師に教わることを求めているのは、また、教師も彼らとともに磨きをかけてゆくべきは、知識や情報を適切に収集し各々に意味を与える、そのやり方であり、それらを所与の問題に臨機応変に生かす技術である。社会人にも同じことがいえるだろう。急激に変化する社会に立ち向かってゆかねばならないのは、かつて成功を収めた企業戦士も新入社員も同じである。会社の成長を従業員の頑張りだけに負わせるようなリーダーになど、若い世代がついて行くはずもないのである。

(了)

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