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2021年08月17日 09:00

【富士山大噴火、その時】噴火のリスクとその影響(1)

京都大学レジリエンス実践ユニット
特任教授・名誉教授 鎌田 浩毅 氏

火山灰の被害とその対策

 日本を代表する最高峰の富士山は、いつ噴火するともわからない「活火山」である。事実、『万葉集』をはじめとする過去の古文書にも、富士山の噴火は何度となく記されてきた。実は、富士山は活火山としては非常に若く、人間に置き換えれば育ちざかりの小学生に相当するまだ活発な状態だ。2000年秋には、富士山の地下で断続的な低周波地震が観測され、いまだ現役の活火山であることを世に知らしめた。

 過去には少なくとも100年に1回程度の頻度で噴火してきた富士山だが、約300年前となる1707年に起きた宝永噴火を最後に、火山活動を停止している。次に噴火した場合はこの300年の間に溜め込んだエネルギーが一気に解放され、非常に深刻な被害をもたらすことが予想される。

 では、富士山が噴火した場合には、どうような事態が予想されるのか。都市インフラやコンピューターは機能を停止し、日本社会全体に大きな影響をおよぼす恐れがある。富士山の噴火のリスクとその影響を知ることは我が国の喫緊の課題といっても過言ではない。

 今回は富士山噴火で起こる被害の筆頭として、火山灰の被害とその対策を解説しよう。

火山灰とは何か

 火山灰の実体は、軽石や岩石が細かく砕かれたものであり、タバコや炭が燃えて残る灰とはまったく異なる。火山灰の正体はガラスの破片であり、マグマが冷え、固まったときに大量に生産される。

 噴火によってマグマが空中に噴き上げられて急に冷やされて固まると、ガラスの状態になる。もしマグマが非常にゆっくりと冷えると、ガラスではなく結晶ばかりの塊になる。マグマが急冷したときだけ、ガラスになるのだ。

 ガラス片である火山灰は水に溶けることもなく、いつまでも消えることがない。乾燥すれば何週間も舞い上がり、雨が降るとまるでセメントのように固まってしまう。城の壁に使われている漆喰のように硬化するのである(鎌田浩毅著『富士山噴火 その時あなたはどうする?』扶桑社)。

 今から300年前の1707年に、約200年ぶりの大爆発を起こした。宝永噴火と呼ばれるこの噴火では、火山灰と軽石が大量に噴出し、東へ飛んでいった。大量に出た細かい火山灰は、偏西風に乗って横浜や江戸方面へ降り積もった。

 当時の武家に残された多数の古文書の調査によると、火山灰は横浜で10cm、江戸では5cmの厚さになったと推定されている(図1-1)。火山灰は10日以上も降り続き、昼間でも薄暗くなった。

図1-1
図1-1
1707年の宝永噴火によって降り積もった火山灰の到達範囲と火山灰の厚さ。
鎌田浩毅著『もし富士山が噴火したら』(東洋経済新報社)による。

火山灰による日常生活の被害

 火山灰が降り積もると普段の生活に大きな支障を来す場合がある。たとえば、火山灰が屋根に厚く積もると、その重さで屋根が押し潰される。また、道路に降った火山灰は下水道に入って排水管を詰まらせる。最初に、家屋への被害を見てみよう。

 雪も火山灰も、屋根に降り積もることには変わりない。しかし火山灰は雪と違って、暖められても溶けて消えることがない。これが火山灰の被害をさらに大きくする原因となっている。従って、降灰が止んだら、ただちに屋根に積もった火山灰を下ろさなければならない。

 加えて、雪と異なり、地面に落とした火山灰はモウモウと舞い上がる。水で洗い流そうとしても、なかなか流れていかない。火山灰は水と一緒になると互いにくっついてしまうからだ。だから火山灰を排水溝に洗い流すと、すぐに詰まってしまう。濡れても乾いても始末に負えないのが火山灰なのである。

 火山灰はシャベルですくって袋に詰めて、ほかの場所へ持っていくしか処理する方法がない。よって噴火の規模が大きいと、灰の処分が大問題となる。たとえば、1955年以来、活火山の桜島では毎日のように火山灰が降っている。大量の火山灰が降ったとき、人々はその都度、土嚢に入れて対処してきた。火山灰の処理は力仕事なのである。

 また、雨が降るとさらに危険な状況が生まれる。濡れた火山灰は屋根にこびりつく。すると水を含んで重くなり、そのすべての重量が屋根にかかるのである。具体的には、火山灰が屋根の上に1cm降り積もったとすると、1m2あたりの重さは10kgほどになる。さらに雨で濡れた火山灰では、1m2あたりの重さが20kg程度になるという計算がある。このため、雨が降った後にしばしば家屋が潰れている。これらは実験でも確かめられている(鎌田浩毅著『富士山噴火と南海トラフ』ブルーバックス)。

 フィリピン・ピナトゥボ火山の1991年6月15日の噴火では、このパターンの災害が起きた。噴火の当日に台風が襲ってきたため、大量の雨が降ったからだ。風下では、火口から40キロmを超える地域にまで、厚さ10cm以上の火山灰が降り積もった。つまり、それだけで1m2あたり100kgもの重さが屋根に加わったことになる。

 さらに、降り積もった火山灰は水を含んで重量を増した。このために、おびただしい数の家屋が被害を受けた。火山灰の重みだけなら耐えられた屋根も、雨が降って水の重さが加わることで潰れたのである。とくに避難所となった建物が倒壊したことで、多数の犠牲者が出た。これらの災害による死者は総計700人以上に上った。

 このように、屋根に積もった火山灰は非常に危険である。また、倒壊せず一見無傷に見える場合でも、建物がゆがんでいれば同様に危険なため、厄介である。しかも、噴火の後は強い上昇気流が発生するため、火山の上に立ち昇った雲から大量に雨が降ることが多い。ピナトゥボ火山の場合のように噴火の当日に台風がこなくても、大雨になるのだ。火山灰と降雨の複合災害が起きる確率は極めて高い。

 富士山では宝永噴火と同じ量の火山灰が降った場合の被害予測がなされているが、これによると、50cm積もると木造家屋の半数は倒壊するという(図1-2)。このように火山灰の降灰は、住居などを破壊するといった深刻な被害を発生させる。ちなみに、04年の政府の発表によれば、その経済的被害額は最大で2兆5,000億円にも上る。

 次回は、現在の富士山が「噴火スタンバイ状態」にあるという地下の状況を詳しく解説しよう。

図1-2: 富士山噴火によって地面に積もった火山灰による被害。鎌田浩毅著『富士山噴火と南海トラフ』(ブルーバックス)による。
図1-2
富士山噴火によって地面に積もった火山灰による被害。
鎌田浩毅著『富士山噴火と南海トラフ』(ブルーバックス)による。

(つづく)


<プロフィール>
鎌田 浩毅
(かまた・ひろき)
鎌田 浩毅 氏1955年生まれ。東京大学理学部地学科卒業。通産省を経て97年より2021年まで京都大学教授。現在、京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授・名誉教授。専門は地球科学・火山学・科学教育。科学を楽しく解説する「京大人気No.1教授」の「科学の伝道師」。週刊エコノミストに「鎌田浩毅の役に立つ地学」を連載中。著書に『富士山噴火 その時あなたはどうする?』(扶桑社)、『富士山噴火と南海トラフ』(ブルーバックス)、『首都直下地震と南海トラフ』(MdN新書)、『京大人気講義 生き抜くための地震学』『やりなおし高校地学』(ちくま新書)、『地球の歴史』『マグマの地球科学』(中公新書)、『火山噴火』(岩波新書)、『地震はなぜ起きる?』(岩波ジュニアスタートブックス)など。
URL:http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/resilience/~kamata/

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