2024年04月26日( 金 )

小売こぼれ話(9)百貨店の凋落と新参者(後)

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庶民のライフスタイルが変化

百貨店のある街 イメージ モノを買う行為は、「ほしいモノがある」ということに始まる。次いで、それを買える余裕があるということになる。この原則はどんな時代や社会にも共通している。いくらほしいものがあっても、それを手に入れるためのモノや通貨がなければ、その欲求は実現できない。

 小売業の原則に、「売れる値段が正しい価格」というものがある。買い手側にも「手ごろ」「値ごろ」というモノと価格の価値比較の物差しがある。この「手ごろ」「値ごろ」は個人によって違う。年収1,000万円の人にとって、1,000万円の車は手ごろな値段とはいえないが、その5倍の年収なら買えないことはない。このように人によって「手ごろ」「値ごろ」の基準は大きく違う。

 かつて「1億総中流」という言葉で、我が国の経済事情が表現されたことがある。高度成長によって大部分の家庭で車やエアコン、子どもの高等教育が当たり前になる。誰もがさらに明るい明日がやって来ると信じた。ブランド品や高級呉服、宝石、時計、リゾートマンション。マスコミも相乗りして豊かさを強調した。

 そんなとき、百貨店にもいささかの光が当たった。しかし、それは長くは続かなかった。不動産や株のバブル崩壊、リーマン・ショックにより、庶民が抱いていた明るい明日はいきなり消えてなくなった。

 モノを買うには金銭的余裕のほかに、明るい明日というウキウキした気分も欠かせない。とくに嗜好性の強い商品には気分消費がついて回る。百貨店はその典型だ。百貨店だけではない。明日の喪失は積極的にモノを買わないことにつながる。モノが売れないと当然、その価格は下がる。デフレの始まりだ。

 20年前、その安さに感動したニューヨークのハンバーガーは今、その高さに驚く。「ビッグマック」を例にとると、日本390円、米国690円という価格差だ。我が国の小売業は数値成長がない。万事が同じ構図だ。米国小売業の売上伸長率の小さくない部分をインフレ分が占めるのに対し、デフレの日本にはそれもない。

 とくに、旧業態である日本型GMSと基礎市場の小さい高額業態である百貨店はもろにその影響を受ける。過去20年、百貨店では売上が前年を上回ったのは2013年の1度だけだ。

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 1991年に9兆2,000億円というピークを付けた後、その後一貫して売上を落とし続け、今や売上はピーク時の3分の1。しかし、百貨店の極端な数値低迷はデフレや心理面だけでは説明がつかない。もう1つ考えられるのは、庶民のライフスタイルの変化だ。変化は時として価値の変化をともなう。価値の座標軸が変われば、モノそのものの価値も変わる。

 カラオケが世に出る前の酒場では、客は流しのギターに合わせて歌った。当初、際物扱いされたカラオケはあっという間に市場を席巻し、流しは消えた。同じようなものに荷車、たらい、両切りタバコなどがある。

新参者のアマゾン、あらゆる産業を飲み込む

 百貨店の窮状とは対極にあるアマゾンを見てみよう。独禁法違反でアマゾンに米連邦取引委員会(FTC)の調査が入るかもしれないとの報道があった。アマゾンのトップは、自社の売上が占めるシェアは米国小売の3.5%強に過ぎないと反論している。

 しかし、それはある意味で詭弁であり、FBAを利用したマーケットプレイスの売上を入れれば、はるかに大きい占有率になる。その売上は世界最大の小売業ウォルマートをもしのぐレベルに達している。

 日本円で年間売上高10兆円を超えてなお、毎年二桁の伸びは既存の小売業態とは異質だ。まさに乗り物が違う。同じ期間のウォルマートの伸びは7%に過ぎない。こうなると、もはやFTCの心配は現実のものといえる。

 アマゾンの伸長により、従来型のフォーマットが深刻なレベルで侵食されつつある。あらゆる産業を飲み込む「アマゾンエフェクト」だ。

 このままアマゾンが膨張を続けると、おそらく百貨店の商品もアマゾンで買えるようになる。そうなれば、百貨店のほとんどが店舗閉鎖を余儀なくされる。実際、百貨店だけでなく、米国のショッピングセンターに出店している専門店の閉鎖は昨年だけで1万6.000店を超え、後継テナントも思うように集まらないという事態となっている。

アマゾンの20年と17年を比較したカテゴリー別の売上と伸長率

  上記の表は、アマゾンの20年と17年を比較したカテゴリー別の売上と伸長率である。注目すべきは、売上こそ小さいものの、アマゾンプライムの拡大だ。会費を払ってまでアマゾンを利用する会員は、まさにアマゾン教の信者といえるだろう。今後も信者は世界中で増え続ける。そして、アマゾンはあらゆる業種をカテゴリーに加え続けるだろう。

 既存業態への影響も甚大だ。当初、既存業態の低迷の理由はオンラインの影響というよりも、商品と店舗の陳腐化が大きいとされていたが、ここにきてオンラインの影響も顕著になってきた。

 もちろん、問題は百貨店という業態だけではない。同じ業態でも好不調の差がはっきりしているのが、ここ十年来の傾向だ。とくにオンラインが登場すると、その影響を大きく受ける小売業が増えた。米国のオンライン売上は米国小売全体の14%を占めるまでになった。その大きな部分をアマゾンとウォルマートが占める。

 売上が数%低下するだけで赤字化する小売業が少なくないなか、このままオンラインのシェアが拡大すると、損益分岐点売上高に大きな影響を受ける小売業が続出することになりかねない。それは何も米国だけの話ではない。我が国をはじめ、世界中に共通する現象だ。

 ここまでくると、生鮮食品を扱うリアル店舗中心のスーパーマーケットも例外でなくなるかもしれない。大手スーパーはすでにフルフィラメントセンター型の実験を始めようとしているし、コストの問題が付きまとう宅配分野でもウーバー的な個人請負などの新しいかたちが生まれている。

 失われた30年は、「継続は力」というプリンシプルが「変化こそ力」に代わったことを示す。百貨店のたどった道と小売全体の売上の軌跡はある意味で似ている。

日米の小売市場の年度別数値

 上記のグラフ・表は、日米の小売市場の年度別数値を表したもの。我が国の状況は文字通り凍結状態である。これを見ると、前述した「ビッグマック」の価格も納得できるはずだ。

 地球の歴史では全球凍結が終わった後、カンブリア爆発といわれる生物の大発生が起こった。その凍結を終わらせた地殻変動を起こせるかどうかが問われる我が国の小売市場の推移でもある。

(了)

【神戸 彲】

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(10)-(前)

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