2021年12月09日( 木 )
by データ・マックス

二審も死刑判決の福岡県警元巡査部長 妻子を殺めるまでの家庭の内実とは?(後)

 2017年に福岡県警の巡査部長が妻子3人を殺害したとされる事件で、福岡高裁は9月15日、無罪を求める被告の控訴を棄却し、一審の死刑判決を支持した。現職の警察官がなぜ、妻子を殺めたのか。裁判で明らかになった事実に基づき、「福岡県警史上最大の不祥事」といわれる事件が起きるまでの経緯を紐解いた。

妻の「男友達」の存在も引き金か

中田被告の裁判が行なわれた福岡高裁・地裁の庁舎
中田被告の裁判が行なわれた福岡高裁・地裁の庁舎

 中田被告は仕事でも問題を抱えていた。昇任試験で不合格を繰り返し、出世が遅れていたのだ。そのことも由紀子さんとの関係を悪化させていたようだ。

 しかも、中田被告が昇任試験に受かるための努力をしていた様子はうかがえない。中田被告は事件の2年前にあたる15年、小郡市の中心部に家を購入してからも「仕事がある」などと嘘をついて家に帰らず、ビジネスホテルや同僚の家に泊まり、パチスロに興じた。その嘘が由紀子さんにばれて怒られ、GPS機能付きのスマートフォンで監視されるようになったが、そのスマートフォンを職場に置いてまでパチスロに行っていたという。

 やがて中田被告は、同僚に「妻が死ねばいいのに」「妻を絞め殺したい」とこぼすように。そのため、同僚から離婚を勧められたりもした。以前は由紀子さんに叱責されても中田被告が反抗することはなかったが、事件の直前ごろ、由紀子さんは母や姉に「最近、充が怖い。刃向かってくるようになった」と漏らすようになっていた。

 そんな夫婦の間には離婚話も出ていたが、意外だったことがある。教育熱心だった由紀子さんが親権をほしがらず、離婚したら子どもたちを中田被告に託そうとしていたことだ。とくに涼介君については、「充に似ているから引き取りたくない」と言っていたという。

 実は涼介君は聴覚障がいがあり、左耳が聞こえにくかった。学校の先生から「涼介君は家庭で愛情を受けられていないのではないか」と心配されるなど、複雑な事情を抱えていたようだ。家庭を顧みず、パチスロばかりしていた中田被告にとって、離婚後、障がいをもつ涼介君とまだ小さい実優さんを男手1つで育てていくことに不安がまったくなかったとは思い難い。

 もう1点、犯行の引き金になったように思えることがある。由紀子さんが「特定の男友達」とLINEでやりとりしたり、会って食事をしたりしていたことだ。中田被告もこの男性の存在に気づいていたらしく、由紀子さんは事件の前月、この男友達と会った際、「充にスマートフォンを見られ、あなたの存在がばれたかもしれない」と言っていたという。

 事件前、由紀子さんは男友達とLINEでメッセージをやりとりし、事件当日の17年6月6日の昼に会う約束をしていた。事件前日の午後11時25分、「おやすみ」という意味のスタンプを男友達に送り、これが最後のメッセージになった。

 一方、事件前日のこの日は、中田被告の昇進試験の発表日でもあった。そして中田被告は夕方、県警の職員から電話で「不合格」だと告げられていた。事件前日、夫婦の間で感情の衝突が起こりそうなさまざまな要因が重なっていたわけだ。

 一審判決は中田被告の犯行動機を確定的に認定することは避けつつ、これらの事実に基づき、中田被告が犯行におよんだ経緯を次のように認定した。

 〈たとえば、事件前夜に昇任試験の結果を由紀子が知り、あるいは、被告人が由紀子と男友達の関係を問い質すなどして口論となり、従前からの由紀子に対する鬱憤(うっぷん)が爆発して、被告人が由紀子を殺害したことが合理的に推測できる。〉

 〈由紀子を殺害した被告人が、冷静さを欠いた心理状態のまま、衝動的に子どもたちを殺害したという想定は可能である。〉

 この認定は真相に近いように思われる。

犯行現場となった自宅は競売で売却

事件の現場となった中田被告の自宅
事件の現場となった中田被告の自宅

 筆者は、事件の現場となった中田被告宅も訪ねてみた。誰も住んでいない2階建ての家は外壁が壊れ、庭は雑草が生い茂り、家の敷地に止められたワゴン車は雨による汚れがそのままになっていた。

 登記簿謄本を取ってみると、中田被告が懲戒免職になり、住宅ローンの支払いが滞ったためか、土地、建物ともに保証会社に差し押さえられ、競売で売却されていた。

 隣の家の住民に中田家のことを聞いてみると、「あの家の人たちのことは何も知らないんですよ。住んでいた人が警察官だったことも知りませんでしたし、そもそもあの家の人たちの顔も見たことがなかったくらいです」とのことだ。中田被告や由紀子さんは事件の2年前、この地に引っ越してきてから、近所づきあいをほとんどしていなかったのではないかと思われた。

 そうであれば、中田被告と由紀子さんはマイホームを購入しながら、この地で子どもたちとともに生きていくイメージをもてていなかったのだろう。マイホームが家族に幸せをもたらさないどころか、殺人の現場になるとはあまりにも悲しい。

(了)

【片岡 健】

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