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2021年11月18日 16:14

50年前の高田を旅してみた(後)

私が瞽女に惹かれた理由

高田瞽女(ごぜ) 高田瞽女(ごぜ)は、江戸中期頃から新潟県高田地区(現・上越市)に住む盲女の芸人集団の総称である。親方・杉本キクエは明治31年生まれ。私が杉本家を初めて訪れたときキクエは73歳、私は27歳だった。この日をさかいに、高田に3人の瞽女を訪ねる旅がはじまる。同時に、彼女たちが歩いた越後や信州の旅を、あたかも彼女たちの足跡をなぞるような旅も始まった。結局瞽女を訪ねる旅は13年にわたり、『私は瞽女』『ある瞽女宿の没落』『高田瞽女最後』(いずれも音楽之友社)を上梓した。今から半世紀も前の話である。

 私がここまで彼女たちに惹かれた理由は何だっただろうと今にして思う。それは「朝日グラフ」で見た瞽女の異装だけではない何かが、十三年間という長きにわたった高田への旅を可能にさせたのだ。それは、彼女たちの醸し出す異容さと、そのときの私が何の疑問もなく抱いていた当時の欧米化されたさまざまな文化とのギャップに興味を抱いたからだと思う。同じ位置に向かい合って凝視できない、歴史の過去に「行ってしまった」はずの人たちが、目の前に生きたままの状態で「居る」というのを目撃する恐怖は、完全に私の頭を混乱させた。

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 彼女たちはなぜこのような職業を選択したのか。なぜ旅という、もっとも避けたい生活手段を選択しなくてはならなかったのか。彼女たちはいったいどのような旅をしたのだろう。目の不自由な、常人からは当然忌避される側と思われる彼女たちが、なぜ晴眼者である村人たちから喜捨(きしゃ)を得ることができたのか。社会的な立場が男よりははるかに低いはずの女だけの集団には、最弱者として生き延びていくには強靱な組織力が必要とされたはずだ。杉本キクエを最後の高田瞽女として生きることを可能にさせた‘知恵’とは何か…。彼女たちの“旅”(足跡)をなぞるようにして私も旅を続けてきた。そして3冊の拙著を上梓した。ここで私の旅は完結したはずだった。

彼女たちの「まぼろし」を追って

 ところがである。半世紀も経た令和の時代に、不意に彼女たちの姿が頭をよぎりはじめたのである。一連のコロナ禍で「巣ごもり」を余儀なくされた。人に会って話を聞くということができない。行動範囲が極端に狭められた結果、不思議なことに身近な風景に感動したり、昔の思い出に懐かしさを追い求めたりするようになった。自分の過去の風景(子どものころから家を出るまでの両親、友人、そのときどきの周辺の風景など)に思いを馳せるようになった。そんなとき、忽然と高田の瞽女を取材した二十代の自分が蘇ったのである。

 若かったあの時代、私はひたすら彼女たちの「まぼろし」を追って越後や信州の道をなぞるように歩いた。今、高田の瞽女が感じたであろう忘れ去られた昭和の原風景と、村人が彼女たちに与え続けた「情け」を再び自分も感じてみたいと思った。一年の大半、喜捨を求める旅の空の下で過ごす。その途中で感じた風の匂い、季節の感覚を自分も感じてみたい。今、日本人がもっとも求められている相互扶助の精神がたしかにそこにはあった。それをもう一度体感してみたい。残り香でもいい。こう思いはじめたのはおそらく古希を迎えた私が、二十代の自分に嫉妬したからなのだろうと思う。

雁木 あれから半世紀、高田市は直江津市と合併し、上越市と名を変えて行政区としても商圏としても巨大化させた。しかし、新市役所の設置場所を直江津駅と高田駅の中間点に位置する春日山駅の目の前に置いたことでもわかるように、何事にも両地区に配慮するような中途半端な印象を受ける街と変貌した。高田の町も数本の道路が旧市街地を分断するように走る。新しいまちづくりを望んだ地区では、当然のように雁木はアーケードに変えられた。しかし、急激な再開発を望まなかった一部市街地には雁木があった。取り残された地域だけが、50年前の姿ままそこにあったのである。杉本キクエが住んでいた地域も含まれていたのだ。

(了)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。

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