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2021年11月26日 15:45

労働者の健康は企業の“財産” 特定機能病院としてコロナ禍で存在感~産業医大(前)

(学)産業医科大学 学長 尾辻 豊 氏

(学)産業医科大学

 1978年、北九州市八幡西区に開学した「(学)産業医科大学」(英語名:University of Occupational and Environmental Health, Japan)。設立43年と歴史は浅いものの、研究論文の質の高さは世界的に評価されており、産業医学の注目度もあって医学界でも一定の地位を占めている。大学のある場所はもともと「浅川」という地名だったところ、大学を誘致した際の区画整理に合わせて“医者が生まれる丘”という意味を込めて「医生ケ丘」に改められた。地名由来の通り地域の期待も高く、北九州地区唯一の特定機能病院としてコロナ禍における最前線にも立ち続けた。「経営者にとって、労働者の健康は会社の財産でもあるはず」と語る尾辻豊学長に産業医大の今を聞いた。

労働者の健康を守る産業医

 ――産業医科大学は北九州の方にはおなじみですが、まだ歴史が浅く単科大学ということもあって県内でもご存じない方が多いようです。どのような役割をはたしている大学なのでしょう。

(学)産業医科大学 学長 尾辻 豊 氏
(学)産業医科大学 学長 尾辻 豊 氏

 尾辻豊氏(以下、尾辻) 産業医科大学は産業医学の振興を目的に設立されました。主な目的は産業医()の育成です。産業医の第1の役割は労働者の健康を守ることであり、労働環境が労働者に対して健康的であることに関する助言なども役割に含まれます。

 私は循環器内科が専門ですので心臓のことを例に挙げますと、たとえば「ブルガダ症候群」という成人男性が突然死する病気があります。これを発症前に見つけるのは難しいのですが、ある大企業の健康診断(心電図検診)の際に産業医が診断を行い、ブルガダ症候群が疑われる例を20人ほど見つけることができました。見た目には健康的でまったく無症状の方たちばかりでしたが、その後に心臓専門病院でも約半分の方がブルガダ症候群であると診断されました。その方々に突然死を予防する「植え込み型除細動器」という大型のペースメーカーを胸に入れてもらい、結果的に10人弱の方たちの突然死を救命することができました。

 ――労働者の健康といえば、近年はメンタル面での不調を訴える方が増えています。従業員が「うつ」にかかって離職することに悩んでいる経営者も多いです。

 尾辻 労働に関連する疾患でいいますと、たとえば現場作業で発生する外傷のようなものは完全になくなってはいないものの、かなり減っています。また、企業で扱う目に見えない化学物質と病気の関係が解明されてきたことで労働環境が改善されて、化学物質による職業病の患者さんは激減しました。国民病であるがん全般や心臓病、脳卒中といったものは一定数で推移しており、糖尿病や高血圧などの病気は増えてきています。そして同様に増えているのが精神的な不調、メンタルの疾患です。

 興味深い数字がありまして、2020年に日本で亡くなった方の数(死者数)は前年に比べて減っているんですね。日本では毎年およそ百数十万人が亡くなり、死者数も年々数万人ずつ増えるという「多死」社会に突入しているなかで、この減少は何を意味するのか。要するにコロナで亡くなる方が増えた以上に、ほかの疾患で亡くなる方が減ったということなんです。コロナ禍ではマスクを常に装着し、手洗いやうがいなども奨励されました。このことでインフルエンザや肺炎にかかる方が減り、コロナ以外の呼吸器系疾患で亡くなる方を激減させたのです。あくまで統計数字上のことですが、日本人は昨年むしろ健康になったとみることさえできます。しかし、そんななかでも増えている死亡例があり、「自死」もその1つになります。おそらく景気の減退による失業や孤立が背景にあるとみられていますが、こういった状況ではとくに企業における産業医の対応が重要になってくると思います。

 ――精神的不調から従業員を守るために必要なものは?

 尾辻 多くの方は適切な治療や休暇を取ることで回復し、職場復帰することができます。それには専門家である精神科医や心療内科医に診てもらうことがスタートラインです。日本では精神科にかかることに対する後ろめたさのようなものがありますので、まずは敷居の低い産業医に相談することから始めてもいいでしょう。大前提として、「うつ」などの疾患は誰でもかかり得る病気であるという社会的理解が必要だと思います。メンタルが不調のときには積極的に精神科で治療して早く職場復帰する、精神科の受診を奨励するという風土を企業全体でつくり上げることが必要です。

 ――産業医を置く法的基準について教えてください。

 尾辻 常時50人以上の労働者を使用する事業場においては、事業者は産業医を選任しなければなりません。さらに、(1)労働者数50人以上3,000人以下の規模の事業場では産業医を1人以上選任、(2)労働者数3,001人以上の規模の事業場では2人以上選任、とする基準があります。また、常時1,000人以上の労働者を使用する事業場と、法律に定められた特定業務に常時500人以上の労働者を従事させる事業場では、その事業場に専属の産業医を選任しなければなりません。

 ――小規模な事業所でも「産業医を置きたい」という希望がある場合はどうすればよいのでしょうか。

 尾辻 地元の郡市区医師会に相談されることをお勧めします。50人未満の事業場は、各地域に設定されている地域産業保健センターで、無料で産業保健サービスの提供を受けることができます。また、本学にご相談いただいても結構です。

※:事業場において、労働者の健康管理などについて専門的な立場から指導・助言を行う医師。労働安全衛生法により、一定の規模の事業場には産業医の選任が義務付けられている。 ^

(つづく)

【データ・マックス編集部】


<プロフィール>
尾辻 豊
(おつじ・ゆたか)
1956年生まれ、鹿児島市出身。ラ・サール高校(鹿児島市)を経て81年九州大学医学部卒、鹿児島大学第一内科研修医。ハーバード大学マサチューセッツ総合病院(95年)、鹿児島大学大学院循環器・呼吸器・代謝内科学助教授(2005年)、産業医科大学医学部第2内科学教授(06年)、産業医科大学病院病院長(17年)、産業医科大学学長(20年)。

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